きばっど  「まだ」と「もう」の9月  R3.8.30

 一年と考えると、9月は月日の経つのが早いと感じる月である。しかし、年度と視点で考えると、丁度1年の中間の月だという気になるからおもしろい。この感覚はいつのころからのものなのだろうか。ちよっとふりかえってみることにした。「夏休みをどう考えるか、感じていたか」に原因があるようだ。

 昭和の夏休みはラジオ体操、夏休みの友、自由研究の三点セットでできていた。朝風の涼しい中、近所の公園で携帯ラジオの音量を最大にして、体操が行われた。小学低学年が前、高学年が後ろ、中学生のお兄さんがスタンプ係だった。体操が終わると、我先にスタンプを押してもらい、首からかけたカ-ドの赤いしるしが増えていくのを自慢した。10時までは家で勉強、夏休みの友をやるが決まりだった。この中身は読み物や工作のてびき、国語や算数のドリルなどいろいろとあった。原爆や戦争の話には読む度にジ-ンときて、涙がにじんだのも懐かしい。作文の宿題もあり、生活文、読書感想文などの書き方も掲載されていた。まさに、夏休みの羅針盤だった。なかでも手強いのが自由研究だった。生き物を飼ったり、植物を育てたり、昆虫、貝、植物と採集もやる、実に忙しい。このミニ科学者の修行には親も子も鍛えられた。ついでに、天気も毎日つける、気温も記入する、グラフも書く。こうやって、科学者修行の夏休みは瞬く間に過ぎていった。

 出校日は2回あり、8月1日と8月21日だった。1日は校長先生が広島や長崎の原爆の話をした。悲しい気持ちになり、戦争をしてはいけないと考えた。21日はとても悲しい日だった。あと10日で夏休みが終わるという現実をつきつけられた。夏休みの終わりは幸せの終わりのような気持ちでいっぱいになり、なんとなく悲しい一日だった。「あと10日で終わるが、宿題は大丈夫か?」先生の言葉が死刑執行のように聞こえた。9月が始まると、大人は「今年もあと3ケ月、はやかね」とよく言った。子供心には夏休みが今終わったのに、来年の夏休みが近いとでもいうのか。本当に来年がくるのかと腹立たしかった。

 中学生になると、一年と年度の感覚がわかるようになった。同じ9月でもとらえ方はずいぶんと違ってきた。その年の足りない分を取り戻す大事な3ケ月のスタ-トになった。次の学年に進級するには6ケ月もあるからがんばれるぞという気持ちになった。9月を「もう」と思ったことは一度もない。夏休みをなくした分を取り戻す意気込みで9月のスタ-トをきるようになり、楽しみになった。そうやって学生時代を終わり、教師になった。この感覚は未だに続いている。学校という現場から離れなかったせいなのだろうか。夏から冬までの2学期こそが充実の学期である。1学期や夏休みの反省を生かせる3ケ月だ。まだまだ間に合う、1年と年度という二つのものさしの中にあるいくつかの「月」はそれを生きる人次第であると今でも思う。

きばっど  夏にご用心  R3.8.23

 「夏は心のカギを甘くするわ!ご用心」という歌があった。コロナ時代の今になんとなく通用しそうな歌詞だ。オリンピックになれば少し収まると願っていたが、感染者数は増加の一途、大会関係者も感染するなど、大変な状況だ。なぜかワクチン接種もままならない。そこに変異株だけは次々と発生してくる。新薬や新たな治療方法が出てきて、亡くなる方の数が少しずつ減っていることだけが救いだ。新型コロナの感染防止は、これまでどおりしっかりとしたい。

 さて、「心のカギを甘くする」のは自分自身である。夏だろうが、国をあげてのお祭りだろうが、コロナには関係ない。気を抜いたら「うつる」と考えてほしい。電化製品の売り場を見ると、換気に関わるサーキュレ-タが例年になく幅を利かせている。工事現場の換気対策用として、10年くらい前から出てきた商品である。この時代背景で、コンパクト、スマート化して家電になってきた。3密の1つでも揃うと罹患すると考えれば必要品である。マスクの正しい着用も、エアゾル拡散もテレビで学んで知っているからなおさらだ。今こそ、新しい生活様式のレベルアップを図り、新たなコロナ対策を進めていきたい。

 2学期は体育祭、部活動遠征、研修旅行と、コロナ対策を万全にしながら行事を体験させていきたい。この時代を生き抜くためにも、生徒たちに考えさせたい。熱中症を予防する観点でグランドに出たら、マスクをとる。無観客であれば、これはありかもしれない。また、遠征前後で検温するが当たり前になっている。それにプラスして、手洗い確認とか、スプレ-持参など、もう一段階アップする必要を感じる。研修旅行では、目的地の感染状況の推移に応じて、柔軟に計画変更を考えることも踏襲したい。本来の目的を達成するために、日程変更、計画縮小を含めて工夫したいものだ。適切な情報収集により、安全安心をしっかりと担保できる旅行としたい。

 感染症と戦った人類は、その時代の知恵で乗り切ってきた。しかし、各自の協力なしでは犠牲者は増える一方だったはずだ。どの時代でも広めないためにできることを優先した。「体調が悪い時には休む」を徹底して、コロナに感染しない2学期にしたい。変異株に置き換わっていくので、心配はつきないが、新薬も開発されるはずだ。2022年明けの明るいニュースを期待したい。あわせて、今まで手にしたものを活用して次へ進みたい。キ-ワ-ドは「心の距離は広げない」である。今まで以上にメディアを活用し、こまめな連絡を行いたい。「行かずともつきあうことはできる」が常識となりつつある今、リモート旅行もありだ。もちろんホームスティもできるだろう。ネット上に家を設定し、ホストファミリ-に入ってもらう。そこに出かける形での語学研修である。直接はいけないが、コロナ終息の時に留学するでよい。心のかぎを甘くして、自由に交流できるオンラインを活用しよう。

きばっど  「龍とそばかす姫」を見てごらん  R3.8.13

 アニメで社会問題を描く細田守監督の映画は実におもしろい。今回も期待を裏切らない素晴らしい作品だった。監督の好きな「美女と野獣」がモチーフになっているという前評判を聞いたので、なおさら興味・関心が募った。

 田舎に住む、ごく普通の女子高校生「すず」の日常から物語は始まる。四国の清流沿いの田舎町が舞台である。アニメの中に実に見事に日常が描かれていく。駅前のコンビの細かく書き込まれ、リアルな存在感を出している。豊かな自然、木々の色合いから家々の軒先の花まで、半端ない緻密さで描かれる。この「すず」が、名前から美女と野獣の「ベル」であると想像できる。普通の子をどうして主人公にできるのかと不思議に思いながら見ていた。種明かしは、監督が「サマ-ウォ-ズ」でも取り上げたネット社会での存在として描くのである。彼の作品には、リアリテイをもつ世界が存在する。「U」と名付けられたその世界には、そこで認められた自分が存在する。別の世界に生まれ変わると言ってもよい。「U」に生まれるためには、自分の趣味や容姿、アンケ-トの項目に答えなければならない。答えをもとに理想どおりのアバタ-を作成してくれる。しかし、心を写す項目がどう反映するのかは今一つわからなかった。

 ディズニ-の名作「美女と野獣」は、よく知られている。ところで、「彼は野獣になぜなってしまったか」は作品の中でもよく描かれていた。しかし、野獣を理解し、隠された優しい心を引き出す「ベル」の方はどうだったのだろうか。人付き合いのへたな父親、そして、病気でなくなった母親というエピソ-ドぐらいで、彼女の人柄はわからない。彼女が野獣を理解し、愛し、助けようとする動機はなぜか、根拠が乏しい。自分を犠牲にしても野獣の心を救おうとするベルになぜなれたのだろうか。細田監督はこのそばかす姫でベルの描かれなかった強さを描こうとした。黄色のドレスを着て正装の野獣と踊る場面が美しすぎてベルの内面の強さを忘れがちだが、ベルが野獣を救おうと群衆を制する場面を思い出してほしい。ベルには美しさと凜とした強さがある。

 映画の前半にはすずの母親が自分を犠牲にして、他人の子供を救う場面がある。最愛の母を目の前で失うすず、この展開はシヨックだ。自分の娘と他人の子をてんびんにかけたら、結果は明らかだ。それを考えないわけではないが、彼女は考えても行動せざるを得ない人だった。これは明らかな伏線で、最後に児童虐待を受けている「竜」の立場を知ったすずも「どうしても助けなければならにない」と何もかも投げ捨てて助けにいく。もちろん、だれがとめてもすずは聞かない。なぜ母親が命と引き換えに子供を助けに行こうとしたかをはっきりとわかったからである。ベルがくじらの背に乗って歌う幻想的な「U」、すずの人間的な成長を象徴する入道雲が描かれるラストシ-ン。2つの世界が矛盾なくつながる物語の終わりは実にすがすがしい。

きばっど  一灯を頼め  R3.8.9

 ある校長から「研究の方向を職員に提案したら反対された」と聞いた。校長がテ-マを押しつけたのかなと短絡的に考えた。しかし、この校長の人柄からそんなことはないはずだ。もう少し詳しく聞いてみた。「どんな研究も成果が出ないとだめ。子供が本当に必要としていることを追究し、それをテ-マにがんばってみようか」と語り、先生たちから提案してほしいと話したようだ。「現実から出発すればよいし、生徒の力もつけられる」楽しい研究になりそうとわくわくしそうだ。ところが、「上から言われたとおりにやれば文句を言われることがないし、やりやすい」との返事があったようだ。聞けば聞くだけ驚いた。 

 だれもが暗い夜道は走りたくない。街灯で照らされた道なら行く先もわかるし、楽である。人が作ったコ-スを、環境も整った道を考えもせず走る。本当にこれでよいのか。「一灯を頼め」は見えない所が見えてくるからよいのである。いつもは見逃すものがくっきりと見える。一灯を頼んでほしい。おきまりの走りでは見えない大切なものを見てほしい。研究のあり方について、校長が提示された姿勢に賛成である。教師は5者であれという中に「学者」という項目がある。自分の教える教科については、少なくとも学者を目指したい。もちろん、時間をかけて研究する時間的な制限はあるだろうが、その教科の内容を年齢に応じてどう教えるかは日々の研究課題である。内容は簡単でも教え方は難しい。そして、自分自身で学べるように生徒を育てるのであれば、さらにハ-ドルは高い。毎日、それを考えて生活しているのが先生である。教え方のプロは学びのプロでなければならない。自分の教科ならと教える側の自負が必要である。

 国語の先生なら知っているはず‥と言われても、守備範囲は広いので知らないこともたまにある。ただし、国語に興味・関心を持ち続けることは負けていない。生徒に教える時は、そこのところを大事にしたい。漢字や語句の成り立語句、文法知識はどう役立つか、言葉の意味は今までどう変わってきたのか、変わっていくのかなど、古典から現代、そして未来までも「国語」を語りたい。教科の歴史を語る先生であってほしい。中学校の先生の一番の役割はその教科を好きにすることだ。興味をもたせること、入り口に立たせることだ。自分が好きであることも大切だが、そうしむける技も必要だ。あれもこれもより、自分の一灯を頼むのがよさそうだ。しかし、自分の一灯が不安なときはまわりをよく見てみると、それぞれを照らす多くの明かりがあることにも気づく。 一灯を頼むと覚悟を決めれば、自然と見えてくることもある。浮かぶ瀬や仏にも出会うこともある、歩きだそう。そうすれば自然と道は開けてくるし、どうにかできるものだ。暗い夜道でしか見つけられないものもある。これでいいのかと迷うだけでなく、たまには、自分の一灯の中にだけ浮かび上がる美しい星や森の木々を楽しむのも悪くない。

きばっど  夏の光  R3.8.2

 夏休みの前半より、後半が思い出として「濃い」はなせだろうか。「少年時代」の歌詞も、「となりの待ちのお嬢さん」にしても、「夏色」でも同じだ。この夏休みだが、7月になると待ち遠しくてたまらない。あのそわそわ感はのどが渇いた感じにも似ている。その感覚は夏休みの直前、通知表をもらうころに最高となる。いざ、始まってみると友達には会えないし、宿題が終わるまで外には出ることができないと不自由でいっぱい。近場の公園であるラジオ体操や月末の町内の廃品回収、神社の盆踊り大会など、40日間の中で、ひさしぶり会う友達がいつもと違ってきらきらと見えた。

 「夏休み制服でない君にときめく」もちろん、女子を意識するのもこの数日間である。あんなにかわいかったかなと日頃のつきあいを反省したりもした。残りは昆虫採集や絵画に、そして、自由研究とけっこう忙しかった。あんなにたっぷりあった時間が少なくなっていくのを実感する。夏休みまでの時間は始まりが遅く、過ぎるのは何倍も速いものだった。(昭和の夏休みだと思う)

 夏休みはいつでも期待感で始まり、喪失感で行ってしまう。9月の第1週になってもあたりは明るく、行き交う人の装いも華やかだから一層寂しい。まだ、夏はそこにいるのにもう終わりだなんて、取り上げられたような気持ちになる。しかし、夏の終わりの美しさはそこにある。キラキラを残しながら、立ち止まらないで去って行く。夏休みの宿題を提出すれば、そこで何もかもが終わり。宿題が終わらず、残ってやらされる友達もいた。今思えば、彼らは夏休みを手放したくなかったのかもしれない。放課後1週間の居残りは夏休みを終わるの、終わらないのと葛藤していたのかもしれない。

 8月を残したい。若いころはよくそう思った。「さらば夏の光」という映画のタイトルを思い出す。写真や手紙やさまざまなものはあの光を思い出させる。今ならもっとリアルに残せるはずだ。そんな考えをもって今年の夏を過ごしてみようか。今年しかない思い出をどう残すのかと考えると、おもしろいことになりそうだ。とにかく、ITのおかげで過去と未来もつながりやすくなった。残そうと努力すれば昔とは違う方法で残せそうだ。

 新しい形で夏休みを残そう。提案したらどんな夏休みが残るのだろうか。小学校1年の時、書いた絵日記が出てきて懐かしさでいっぱいになった。もちろん、昭和の話題が満載で、家族が並んだラジオ体操の絵には笑えた。今の小学生ならデータファイルに書いた絵をまとめて、自分専用のクラウドに残すのだろう。映像でも、文章でも今の夏休みに感じる思いを残すのがおもしろい。黄昏期を生きる時、若き日の夏休みはまぶしい光のように美しい。オリンピックもあった今年の夏、生徒たちの「夏の光」はどんなふうに残るのだろうか。

説明: ソース画像を表示

きばっど  英才はどう育つのか  R3.7.25

 学校は子供の心身の自立を援ける場であり、その生命の可能性に対する畏敬を欠くと教育は成立しない。生徒には敬語を使う必要はないが、呼び捨てや命令するのは古いだろう。「可能性」に対しての敬意は払うべきである。将来、日本や世界を救う一人になるかもしれないからである。そのためといって何だが、自己決定できる自主性こそは育てるべきである。逃げないで自分の力で決められる人間に育てたい。自己決定に人生をかけられる肚を育てていきたい。シンプルであるが、正しいと信じることを自分で選べる人間に育ってほしい。

 本校は「英才を育てる」学校である。校名の由来としてそのことを語っている。英才は「なりたい自分」の志をもつ。「天才は努力で生まれ、英才は目標で育つ」である。目標や努力をなくしては、才能もちながら発揮することができない。世の中の役に立つことが目標で、世の中に認められてこそ英才である。

 水面下での努力が天才を生む。優雅に水面を進む白鳥には水面下での水かきの努力があることはいろいろな話に取り上げられる。努力とはなかなか目に見えない。トビウオが優雅に空中を滑空するためには、水面下で70キロ以上というスピ-ドで助走(助泳?)しなければならない。トビウオに聞けば、きっと「天才とは努力」というだろう。さて、英才とは?。天才との違いは自らを育てるところだ。目標を掲げると、自分に必要な力が見えてくる。その力を身につけようと努力するのが英才である。目標も自分でなく、他者を助けたり、社会に貢献したりという側面をもつ。考えるに同じ努力でも少し違ってきそうだ。

 受験期は人生における努力の尊さを教える大切な機会でもある。なぜなら、この時期は人生においてもっとも向上心が強い。この時期こそ、努力の尊さを教えなければならない。思い返すと、学校で学んだことは記憶に残らなくても、自分が努力した経験は鮮明に残る。勉強方法、心がまえこそが本当の財産だ。そして、若いうちの苦労を買ったり、鉄を熱いうちに打ったりの話は、結果や成果でなく、人間の成長、その後の生き方に関わる、そう考えると納得できる。 運や偶然に結果を求めると、それだけを期待して努力しない。チャンスは偶然にやってきそうだが、実のところ、そうではない。自分に準備があればこそ、奇跡的なチャンスに恵まれる。好機はすべての人に訪れるが、それをうまく活用する人は少ない。ギリシャの作家ソフォクレス「好機はあらゆる努力の最上の船長なり」と言っている。彼は準備こそが大切だと知っていた。「志を立てることは大いに高くすべし 小にして低ければ、小成に安んじて成就しがたし。天下第一等の人とならんと平生志すべし」英才を意識した貝原益軒の言葉は実に重い。「人間は2つの目と1つの舌をもって生まれてきた。それはしゃべるよりも2倍よく現実を見るためである。」自分の志は何かと問い続け、現実をよりよく見ようとすれば、英才となるべく「高きをめざす」ことになるはずだ。

きばっど  上善は水の如し  R3.7.16

 「上善は水のごとし(最高の善は水のようなものである)」のあとに、その理由を「水は善く万物を利して争わず、衆人の 悪 にくむ所に処 おる(水は 万物 をうまく育むが、上に立とうとはしないで、人々が嫌がる低いところへと流れていく)」からだ、と述べてあります。

 中学校の理科では水の三態を習うようです。よくよく考えると、人間は60パ-セントが水だから、水の三態が影響しないはずはないのです。もちろん、極寒の地では水は凍るし、熱するとお湯になる。人なら死んでしまうので、温める、冷やす程度で考えてみたい。

 36.1の体温の人と36.5の人では、基礎代謝に差が出てくる。体温が高い人ほど、エネルギ-を消費することとなる。朝からラジオ体操をすると体温はあがる。ジョギングもそうだろう。体温がわずかに高いと順調に消費する。心の方もやはり36.5の人が温かいに決まっている。いつも上機嫌でいるには、適度な運動をして体温をあげるのがよい。とにかく、温めるのが一番手っ取り早いようだ。

 最初の話にもどるが、水が濁らず、さらさらと流れるには、体温もだが、血液成分がサラサラでなくてはならない。水と油のたとえもあるが、60パ-セントが水の人間に過剰の油を与えるのはどう考えても相性がよいはずはない。取り過ぎはたぶんよくないと想像がつく。

 水でできているから、水をコントロ-ルすることが心に良いと推測できる。つきあいも「水の如し」だし、いつまでもみずくさくなってはこまるだろう。病気が重篤になると、肺に水がたまり、多臓器不全に陥る。自分の体の水におぼれてしまうともいえる。生きるも死ぬも水ものなのかもしれない。「水のように生きようとする」理想には尊敬の念をはらいたい。どんな時にも水のように清らか生きたいものだ。 水くさい話にならないように、内容は濃いものがよさそうだが、浸透圧の関係でいくと、これもほどほどがよさそうだ。塩分が高いと血管を傷つけるし、腎臓の負担も重い。すべからくサラサラがよいのかもしれない。春の小川がなぜサラサラいくのかがやっとわかってきた。雪解けやわき水のイメ-ジがあり、難しく言えば「清冽」があてはるのだろう。清冽とはいかないまでも綺麗な血にこしたことはない。ドロドロ血の顕微鏡映像は何度見てもいただけない。これではドラキュラにも拒否されそうだ。夏場は十分な水分補給を心がけたい。水の話でこれだけ盛り上がるとは、60パ-セントが水でできた、水の惑星の住人なんだなあと納得してしまう。「水いらず」は困りもので、いつでも給水を心がけて今年の夏も乗り切りたいものだ。

きばっど 褒める・叱るは人を伸ばす R3.7.9

 「褒める」・「叱る」には「人を伸ばすとか、育てる」という目的がある。相手の存在を肯定し、意欲を喚起し、成長を促すものである。これらは、薩摩剣士隼人の剣に似ている。彼の愛刀「無刃剣・十字丸」は、相手を叩きのめすのではなく、魂をぶつけあってわかり合う為にと刃がついていない。

 「褒めるは前進への促しであり、叱るは挽回への励ましである」のとおり、何もなければ失うものはない。何かあると考えるから、叱る。失う前の状態に本人が戻るための働きかけの「叱る」はある。人はあることに対して苦手、下手というが、自分自身が気づいていない。そのために一時的に閉じ込められたり、チャンスを失ったりしている。本人が元の状態にもどれば、当然できることである。伸びる力、挽回する力の存在を信じているから、褒めたり叱ったりするのである。成長力や回復力は人によって遅いや速いがある。だからと言って、見切りをつけてはいけない。「挽回」には遅れているものを取り戻すという意味も含まれている。人を伸ばす、育てるには時間が必要であり、辛抱強さが要求される。一度や二度でうまくいくことはない。後継者を育てるためには、「褒める」も「叱る」もその意味を理解して、しっかりと身に着けておきたい。

 ところが、育てたい、伸ばすという目的をもたずに、ただ叱るのはこまる。そんなキャラに遭遇すると、叱られた記憶が心の傷として残る。叱ることの退対局を意識したい。叱るのは励ましで有り、期待であると分かれば、叱られた方の対応はずいぶん違う。温かさと厳しさのバランスこそが肝心である。「5つ教えて3つ褒め、2つ叱ってよき人にせよ」と教えた二宮尊徳の名言にはうなづいてしまう。まずはしっかりと教えること、情報の入力は大切だ。その入力したものが、正しく動くかどうかも見極めたい。育てるためには相手をよく見て正しい評価をすることが必要と行っている。大目に見るとか、仏の顔も三度までとか、叱ることを留保する技術も必要なようだ。これは、育てるという観点や可能性を伸ばすという観点だ。

 おいしいごはんは最終段階が大切だ。熱がしっかりと釜の中を循環する必要がある。失敗を受け止め、反省しているようなら、今回は許そうと叱責を控える上司であれば、部下は育つに違いない。二宮さんが3つ叱る、2つ褒めるとわざわざ数字をあげて諭したのも分かる。子育てでも生徒指導でもついつい叱ることが多い。それをあえて、しかることを少なく、褒めることを多くと注意したところに人間性が出ている。愛情をもって育てるための割合がよくわかる、まさに6と4である。多くの人が子育てにかかわると、この6と4の割合に近づくのかもしれない。じいじの言葉、パパの言葉、先生の言葉など、成長に関わる多くの人の言葉のシャワ-があわさって健全な成長へとつながるのだろう。 いまさらだが、忘れられない一言や行動があるのが、ありがたい。

きばっど 中高生は「偉人伝」を読もう R3.7.2

 読書の効用として今までもいろいろと書いてきた。読書歴はその人の心の成長でもある。一人の人間の人生で経験することはたかがしれている。作者が経験したこと、全部ではないがそのエキスが書いてあるのが、本である。読むことで疑似体験や追体験ができる。これは手っ取り早い学習にほかならない。小4、5年の頃に読んだコンチキ号漂流記は忘れられない1冊である。もちろん、これと同じではないが、海底二万マイルや地底旅行など、冒険の世界を追体験した。のどの渇きとか、大タコとか、想像できたりできなかったり、それでも心臓はばくばくして、夜も眠れなかった。

 読むことはインスト-ル、自分を変えていくことはバージョンアップである。なんでもなかった人がどうして偉人になるのか、どんな過ごし方をしたのかと気になるものだ。幼少期から大きな志を抱くのはなかなかである。ほとんどの人が普通に生まれて普通に大きくなっていく。変わるきっかけは不思議と前半部分にある。少年期から青年期にかけての自己決定の場面である。外的な要因は世間一般の不幸、貧困が多い。さらには、よい方では友人や先生との出会いである。これらによって本人は自己決定をして、自分で決めた道へと歩み出す。多くは20代前半までにこういう機会があるようだ。

 その次は与えられた場所での努力の継続である。20代から40代が活躍の時代である。偉人の多くが自分で運命を切り開く力を見事に発揮する。しかし、よくよく読んでみると、人に助けられてこそ偉業をなしとげるといってよい。つまり、どんな人と出会うかが大事である。そして、そのアドバイスを受け止められるかである。

 二宮金次郎は農政家として知られた偉人である。彼の幼少期もけっして恵まれていない。人並みの幸せなんて考えられない苦労の連続である。もちろん背中に薪を背負い、その間も本を読んでいたイメ-ジはうそっぽい。しかし、彼が恵まれない境遇で一生懸命に学んだことは本当だろう。身近なところに学ぶチャンスがあり、それを十分活用したたとえではなかろうか。問題意識の継続があったのだろう。読書の効用につながるのは、偉人伝の前半には中高生時代が書かれる。どんな偉人も名もない人であったという過去がある。それが新しい発明や発見で世界を救う人になった。そんな偉人のだれもが「みんな若かった、中高生だった」のはまちがいない。そうなると、だれもがそうなる可能性にあふれていると気づく。読んでみればどうすればよいかのヒントもある。考えてみると、日々のいろいろな刺激をうけ、イントス-ルを繰り返し、新しい自分へとバ-ジョンアップしている。人はそうやっていろんな時代を生き抜いてきた。コロナ時代を生きぬいて、新しい自分へバ-ジョンアップしよう。

きばっど 非認知能力を育てていた裏カリキュラム  3.6.22

 非認知能力の定義とは、新学習指導要領では「学びに向かう力、人間性等」とか、キァリア教育のめざす「人間関係形成・社会形成能力」「自己理解・管理能力」とか、多様な要素が有り、実にわかりにくい。研究者も大変だ。

 この能力は学校の裏のカリキュラムで育てられたという話をしたい。学校では教えなかったことという本が出ている。けっこうブ-ムになっている。失礼だが、計画的に教えなかったと言い直してほしい。学校にはチャンス指導というものがある。これで、忘れ物(前段階の学校で教えられなかったもの)を取りに返している場面は多々ある。そういうチャンスや教師に恵まれなかったというのが正しい表現である。実際のところ学校では非認知能力の開発にこの裏カリでかなり貢献していたのである。

 一時期、下校クラブというのが流行した。勉強時間を確保するために部活動は不用という考え方である。これは実に危険だった。裏のカリで学ぶべきものが全部落ちてしまう。自分の経験から考えると、部活動を3年間継続するのはやり抜いた経験として実に大事である。下校クラブでは、苦しくても物事に逃げずに向かう力を体験的に学ぶチャンスを自分から捨てていることになる。

 学校行事もそうだ。文化祭や体育祭に真っ黒くなり、勉強なんかそっちのけでがんばる生徒を低く評価する傾向がある。確かに、学力をつけるには時間的な面で不都合はある。しかし、そのエネルギ-は勉強に転嫁可能である。実際、3年の7月まで部活動に打ち込んだ生徒たちが、夏休みから勉強をはじめて、12月にはすばらしい伸びを示し、受験に成功している。「やりとげる、うちこむ」は何を対象としてもよい。勝ち負けにこだわらず、完全燃焼するべきだ。

 非認知能力は人生にどう向かうかである。その最たる手本が教師である。教師は非認知能力の塊であってほしい。先生の背中から学ぶである。とりもなおさず、その人の生き方が反映される。先輩の話で悪いが、地学実習で山にこもり、化石発掘を続けていた彼は、一人テントの中で三国志を読んでいた。教科は理科でも、ここぞの時は人生論を語る。鹿児島弁で最後に念を押す。「じゃっどが」正しいものは正しい、やってはいけないことは絶対にやらない。実にシンプルだが、よく伝わる。教科の魅力と人間の魅力は、化石と三国志である。こんな教師の言葉や背中が生徒の非認知能力を高めていくのかもしれない。  魅力ある教師に共通するのは、「夢を語る熱 夢に向かう姿」のようだ。青年期の理想は自分を変える大きな力だ。そこで、出会う教師には必然的に輝いてほしい。「涙と汗は君を裏切らない」と真正面からいえる教師でありたい。無理でもそう演じることだ。この時期の一生懸命は一生涯の宝だ。非認知能力を育てるカリキュラムは一人一人の教師の中にあると私は信じている。小学校の生徒は好きな先生の一挙一動がお手本だ。じゃ、中・高生徒はどうなのだろうか。