きばっど育英館    師走の風に吹かれて           H28.12.2

今年も残すところ、後20日あまり、やり残したものを実現するにはやや日数が不足しそうだ。「3月までには」と考えるとやれそうな気にもなる。師走の風に吹かれてみると、あせりと反省がひょっこりと顔を出す。本当に精一杯「人間」をやれただろうかと心配になる。言いっぱなしになっていないかとおしゃべりを反省する。

校長職は育英館を数えて、3校目となった。前任校では、市内の生徒会の事務局、県の図書館研究会の事務局、そして、70周年行事開催をやりとげた。導火線に火をつけていなくなった自分をみんなはどう思ったか、風に向かって問いかけてみた。それぞれの役割をやりとげていくのはチ-ム力であり、所属するみんなの力であることがよくわかる。校長がいなくなってもどうにかなるものである。感謝の一言だ。

そこで、校長は何をすればよいのかという問題が出てくる。いろいろなものを成し遂げたり、乗り越えたりしていける人と人の和を作ることなのかも知れない。理事長からも評価された、育英館のチ-ム力はいまこそ発揮されるべきだ。向田邦子さんの本に「男時女時」というタイトルがあった。すべてがうまくいかないときを女時というらしいが、わたしは女時からスタ-トするのが好きだ。古今東西、レディファ-ストでうまくいく。その意味では導火線に火をつける校長として大事な役目をここでも与えていただいたような気がする。男時に会うまで火をつけ続けよう。

方向や目標を示すことが校長の第1の仕事だという話もある。私に言わせると、「トリ年で大いに飛躍をしたい。」と抱負を語るとすぐ、まずはチキン南蛮をみんなで食べて縁起をかつごうという話になりそうだ。宮崎のチェ-ン店「おぐら」の南蛮定食はおいしかった。1000円を超える値段に、注文した時は高いかなと思ったが、実にうまい。何が違うのか、ホワイトソ-ス?いや、酢なのか、とにかく1000円出してもよいと言う気持ちになった。よいものはいくら出しても食べたい。

さて、育英館に生徒を出している親はこう思っているだろうか。少なくとも卒業するときは、そう思ってもらい、満足させたい。方向を示す話が、トリ年なので南蛮になったが、食べ物屋の栄枯盛衰は世の人の評価を反映する。行列のできる店にとまでは言わないが、店に来て注文したお客様には最高の料理を出す気持ちでありたい。

大明丘にある「キッチン松元」の主人が最近なくなった。2年ほど前から、吉野方面の宴会で寄らせてもらった。その度に値段を超えるおいしさに驚いたことをよく覚えている。がんの宣告を受けたご主人が真っ先に考え、実践されたことは、お客様への恩返し、予算ギリギリでおいしい料理を出すである。お代はいただく、その予算の範囲で工夫して最高の料理を作り、出す、なんとすごい料理人のこだわりではないか。この話を聞いたとき、プロとしてこのこだわりを見習いたいと思った。生徒に提供する授業は最高のものとしたい。そんな時、「学園長の願い」が浮かんでくる。「最高のものを生徒に」を心がける者の姿勢である。育英館にとっては今は女時なのかもしれない。そうであればこそ、生徒たちに力をつけ、自己実現をしっかりと図らせたい。師走の風はさらに寒さを増すだろうが、私たちのハ-トはとことんマンのハ-トのようにいつでも燃えていたいものだ。

きばっど育英館     妙円寺詣りのころ            H28.10.21

妙円寺詣りの武者行例になぜか参加することになった。生徒がお世話になるということで、保存会の飲み方にあいさつに行った。ひょんなことからこうなった。60歳になり、体力は衰え、足腰はがたがたなのに、本当に悪乗りである。

そもそも、妙円寺が菩提寺である、この詣りの主人公、島津義弘公は関ヶ原の戦いのとき、すでに齢60をこえていたはずだ。九州管内の戦だけでなく、秀吉の朝鮮出兵にも参加し、「鬼島津」と恐れられた。84歳まで生き、戦場に出たのは60回をこえ、そのたびに生き残り、天寿を全うされた方である。強運と強靭な体力、精神力の持ち主に違いない。あごだけは鍛えている私とは大違いだ。(比べるのが間違い)

当日、神前に奏上される祭文は、公の功績を称えつつ、日置市の繁栄を祈るものになっている。厳粛な儀式に、鍛えてもいない、もち肌の自分が参加するのはおこがましい限りだ。60歳でも戦える義弘公を見習い、これを機会に少しは体力づくりも考えたいものだ。妙円寺詣りを育英館の伝統行事として位置づけられた先輩方の見識は素晴らしい。体力、気力を鍛えるのに最適な行事である。先人の苦労を偲び、自分を鍛える機会とする価値ある行事だ。この行事への取組の一つとして、妙円寺詣りの歌で歴史を紐解いてほしい。この歌は関ケ原の戦いをコンパクトにまとめている。

大垣城にこもり、敵を迎え撃つという当初の作戦は、関ヶ原での野戦に変更された。島津義弘公は夜襲をかけて敵の出鼻をくじくと献策するも受け入れられなかった。いよいよ、両軍が激突する。敵が打ち掛かれば応戦する覚悟で小池の陣営に待機する島津勢1000余名、その機会はなかなか来ない。それもそのはず、小早川秀秋の裏切りにより、西軍は総崩れとなっている。場所的に敵陣に最も近いところに布陣している島津勢である。今更、退却するわけにもいかない。退けば、当然、掃討戦になり全滅はまぬがれまい。敵はなだれうち、襲い掛かる。島津勢は「敵に背を見せるは卑怯なり」と敵中突破を試みる。チェストいけ。家康の本陣を突っ切って退却する。助ける味方の兵はすでになく、ただ島津勢だけが敵を相手に奮戦する形になった。多くの犠牲を出しながらも、死中に生を見出す。義弘公の身代わりと討ち死にする豊久、名だたる武将も次々に討ち死にする。乱戦をくぐりぬけ、義弘公を守り、泉州堺へたどり着いたのはわずかな兵であった。☆ざっくりまとめるとこんな感じの内容だ。

実にうまく話が歌に織り込まれている。悔しがった松平忠吉とか、敵将の井伊本田という人物名から、烏頭坂(うとう)等の地名も盛り込まれている。自然描写は季節感にあふれ、戦場ならではの惨状を語り、対句表現あり、古典的な言い回しなどなかなかの名文である。歴史満載、古文好きには応えられない歌である。

考えてみると、鎧武者を経験できる諸君はラッキ-である。なかなか経験できない。60歳の私もかぶとをもって歩いてみたが、重い。ただ歩くだけなのに、緊張感は半端ない。過去を体験することはできないはずだが、甲冑を身に着けてみると、何やら、一人前の武士になれるのではなかろうかと思ってしまう。鎧武者になった生徒たちに聞いてみたい。妙円寺詣りを終えたら、少し大人になれただろうか。何か変わっただろうか。

きばっど育英館    不自由の体験を考える           H28.10.31

一度は体験してみるとよいと言われ、その気になり、武者行列の練習に参加した。右手を直角にまげて手のひらを天に返す。左手は刀の柄の先端を押すように握りすり足で歩く。そして、曲がるときは直角に曲がる。立ち止まり、左足から踏み出す。これを1時間ずつ練習する。その後、5M四方の正方形の枠の中に、最前列に大将、副将の3人、その後に4人ずつの5例で武者が並ぶ。社殿への入り方、並び方を確認して、儀式の練習が始まる。大将の動きに合わせ、兜を置き、足を折り、腰を下ろす。お祓いを受けるため、低頭。その後は、祭文奏上、玉串奉奠、一同拝礼と一連の流れが続く。3日ほどで、なんとなく分かってくる。祭文奏上で礼、号令がかかったら礼、立つ時は中腰、兜をもつ、立ち上がる。なんとなく、これぐらいなら、やれるかもと勘違いした。(鎧をつけると、歩くことはおろか、立つ、座るもうまくできない)

いよいよ武者行列本番、まずは、パンツ一枚になり、専用の下着を身につける。鎧装着の始まりだ。まず、脛あてをつける。上と下をひもでしばるが、中に鉄板がはいっているので。きつく縛らないと緩んでくる。向こう脛にくいこむようで痛い。次に直垂をつける。鉄板を縦に縫い合わせたもので、腰にまくとずしっとくる。次に腕と胸の部分を覆う鎧帷子をつける。これも細かい鎖を縫い込んであるので、決して軽くない。次に胴丸の部分である。二つになった卵のからをあわせるように。二人がかりで装着させる。そして、脇あたりでとめる。ここまででかなりの重量がかかる。この後がさらにすごい。刀を腰に固定するためにさらしをまく。二人かがりで、縄状によりあわせていく。それを腰のあたりにしばる。「身をしぼる」という感じが適切だ。鎧がからだにぐっとくいこんで、体全体がしまる。いよいよ刀を腰につける。体は不自由さについていけないが、気持ちが先行して気合いが入るのがわかる。手に兜をもって完成だ。今までやった歩く練習の意味がやっとここでわかった。ふつうに歩けない。前方を見据えて、すり足で気合いを入れて歩かないと歩けない。

いよいよ出陣かと思いきや、雨はさらに激しくなり、土曜の行列は行われず、社殿での儀式のみとなった。保存会の方々が傘をさしかけてくださる中を社殿に上がり、いよいよ儀式が始まった。本番では身の引き締まる思いで、あれほどきつかった鎧の感覚がなくなり、心地よい緊張感に浸っていた。薄明かりの中、大将の祭文が響く。古の人々の魂と一体化したような瞬間が幾度も訪れた。公民館に帰り、鎧を脱がされたときは、不思議な開放感がこみあげてきた。鎧櫃の中に、その鎧を代々着た人の署名があった。そこに「平成28年10月22日宮元一賴」と書かせてもらった。

不自由な感覚を知ると、自由のありがたさがわかる。戦うことはないが、鎧を着るという、体験は実に貴重な体験だった。不自由な体験は人にいろいろなことを考えさせる。将来、決断を迫られたり、苦難に遭遇したりした時、自由の価値を知り、何者にも代え難いことを知っていることは大切だ。また、「形が心を整える」ことも事実だ。「形から入り、心と成る」で、武者の姿になることで、心も武士に近づけるのかもしれない。不自由な体験の教育的意義に改めて気づかされた。

きばっど育英館 私を育てたもの(ホテル短期大学の矢野校長の話)  H28.10.25

自分の基本となる所は祖母が育ててくれた。その意味で祖母には感謝している。ここに、ホテルマンを目指した自分の原点がある。朝起きてふとんをあげて、そうじをする。帰ってきたら子守、そして勉強、正座してきちんとできないとびりっとやられる。フロのそうじや片付けなどが毎日の決まった仕事であった。自分がここで生活できることに、感謝する。そういう心がまえまで、祖母は徹底して私を鍛え、育てた。ホテルマンになった時に、必要な資質はすべて祖母が教育してくれたと感じた。

言葉遣いにも厳しく、方言を話すと注意された。祖母の厳しい育て方で自分の人格ができあがった。いろいろなことに感謝、そして、勤労を愛す、謙虚さ、忍耐も育った。これらはすべて人生を生きる術である。これらは若い頃にくりかえし、たたき込む必要がある。それが当たり前であると思えるまで…。母は体が弱かったので、祖母が叔父夫婦の子供たちといっしょに育てたようなものだ。血はつながっているとはいえ、お互い遠慮がある。だからこそ、厳しく指導できたのかもしれない。

ホテルマンの仕事が自分をつくりあげた。睡眠は4、5時間だった。そこで、寝に帰るような毎日から、家庭は母子家庭になった。ホテルのことを考える毎日だった。現場から呼び出されることもあった。通勤の関係もあったが、酒を飲むことはなかった。退職した今でも、ホテルのロビ-に立つと体が自然と動く。41年間のホテルマンとしての体験がそうなるように自分を変えたのかもしれない。立ち居振る舞い、言葉遣いまで、まさに場数を踏んで育つ職場である。そして、それが自然と身につく職場でもある。現場一番、お客様の要望にどう応えるかを考えた毎日だったと思い出す。

ホテルマンとしても苦情処理ができて一人前だ。お客様の苦情を聞くだけ聞いて、ホテル側の話をする。誠意ある対応はまず、聞くことからだ。途中で話を中断すると苦情を言う方は興奮して、さらに収拾がつかなくなる。腹いっぱいになるまで聞いた後で、ホテルの考え方を示して、納得してもらうことが大切である。利益は追求しても、ホテルマンとして、「お客様のニ-ズに精一杯応えたい」がすべてであった。

さて、体験入学30名の定員はホテルの実際をみてもらうための制限である。市内のホテルにお願いして、体験入学の会場を提供してもらい、支配人の講話や先輩として働く5、6名の者に語ってもらう。実際の現場を体験するために、たとえば、皿3枚をどうもつか、配膳する順番をどうするのか、お客様へあいさつはどうするかなど、ホテルの仕事を楽しく知るプログラムを準備している。すべてにおいて、実践型の学校紹介である。そのため、参加する生徒さんたちには好評である。

ホテルで働くと8万くらいの対価が発生する。それを元手にホテル研修旅行を実施している。鹿児島以外のホテルで研修することで、各地のホテルのニ-ズやその地域ならではのイベント等がわかる。東京や大阪の一流ホテルで働くホテルマンを見ることが勉強だ。見ることで自分の行動を改善する視点が育つ。そういう意味で、本物を見ることの経験は何ものにも代え難い。今後とも、鹿児島のホテル業界で活躍する人材を供給する役目を大切にしていきたい。

(「厳しく教え温かく育てる」は人格形成に必要ですね)

きばっど育英館      環境整備の大切さ         H28.10.12

寮や学校の環境整備を考えてみたい。先日、所長が語られた話の概略を以下、引用する。改善できるところから実行していきましょう。

 

寮の環境整備ということで集まってもらった。寮に生徒を預けるとき、親はどんなことを期待しているか。保護者の思いを受け止めてほしい。親にはいろいろな思いがあり、一人で生活するわが子の心配をしている。寮生活はすべてが学習である。学校の授業や生活とは寮は関係ないとすまされるものではない。寮を親に見せるとき、十分な環境整備がなされているか。そのことを今、一度、考えてほしい。

寮での生徒間の問題でも先生方は知らなかったというわけにはいかない。過去にも寮の中で生徒の悲しい事故もあった。命の尊さ、大事さは当然話をしているはずだ。それなのに事故が起こった。環境整備だけでは効き目は急に出ない。しかし、地味な方法でも確実にやっていくことが大切だ。職員の間で日々の努力や協働が大切である。

寮のことを寮監だけの問題としないで、全員で考えていくべきだろう。

寮は本当に満足する環境なのか。女子には?母親には?どうなのか。実際に見ていただいてどう感じるのか。きれいな学校で、学習環境が整えられていると、親は自然とわが子を預けたいと考える。こういう管理をぜひ皆さんにお願いしたい。今一度、親の視点で見回り、環境整備は大丈夫かと見直してほしい。教育環境がよい学校にするためには、職員がお互い連携して改善することが一番の近道だ。

大学見学にいくと、寮にも花が飾ってある。玄関を入ってすぐよい雰囲気だ。よい香りがする場所は印象に残るし、親でなくてもこの学校なら入学させたいという気持ちになる。また、花が飾ってあると、心がやわらぐ。先代の理事長は花が好きだった。来る人への心遣いが形になる。花を飾り、心の和む場づくりを考えてほしい。

 

学校に水辺の広場があり、木々が、植物がある。この環境は先代理事長の「環境が人をつくる」の理念を形にしたものである。当然、学校でも、寮でもその理念を形にしないといけない。所長の言葉ではないが、心の和む場づくりを考えたい。たかが花一つであるが、されど花一つである。男子寮の右入口には花壇があり、季節の花が咲いている。温かみを感じるし、ほっとする一瞬の間ができる。そして、玄関の中へと足を踏み入れると、中庭が見える。環境には生徒たちへの無言の教えがあるはずだ。

生徒が心を開き、指導や助言を素直に受け入れるには、環境は大切である。設営、言葉遣い、先生の服装、すべてが教育環境である。保護者が預けたいと考える学校、寮になるように今一度見直したい。「花を飾ってほしい」と具体的なイメ-ジを所長が語られていることをしっかり受け止めて、私たちになりに環境整備をしていきたい。お客様を迎える心から温かいアィデアが出てくるはずだ。「教育環境もすばらしい育英館」になりましょう。

きばっど教育実習の授業研究28103

きばっど育英館    教育実習の授業研究            H28.10.7

国語科の授業研究会に参加した。永野先生の評論の授業だった。本人の反省が黒板に書かれていた。「時間配分、指名計画、 キ-ワ-ド、板書のスピ-ド、発問がうまくいかず ヒントの出し方」等が箇条書きされていた。

国語科の先生方の感想や質問が語られ、いよいよ私の番になった。研究授業の視点はいくつかあるが、教材研究、生徒理解、指導技術が大きな視点であることを話した。次に、黒板に書かれた言葉を整理して、考えを述べた。

まず、「キ-ワ-ドとヒントの出し方」であるが、これは教材研究の世界である。評論を指導するためには、文章の構成、接続語と指示語、文末表現、具体例と意見や主張の書き分け、重要語句の使い方など必要である。授業を始める前に、これらをしっかりと分析しておく必要がある。板書を意識して図式化しておくと理解が進む。

その図をどう完成するかの視点で発問や板書を計画するとよい。

次に「時間配分と板書のスピ-ド」という課題である。時間配分は、生徒の活動を位置づけて考えるとよい。個人で考えさせ、生徒間で話し合う。教師が生徒と関わりながら、まとめをする。自分で納得し、最初、考えたものに加除訂正して理解する。

授業をしながら、生徒の意欲、学習スタイルを把握しておくと、生徒の実態を考えた活動計画ができる。教材を構造化して、どの部分をだれにどのように考えさせるかで、計画はできあがる。生徒の顔が浮かぶようになると、ほぼ時間とおりの計画ができる。

「発問がうまくいかない、指名計画どおり」というのは、生徒の認知スタイルや理解のスピ-ドなどと、教材研究したものとの折り合いが足りない。全部教えてはいけない。下位から上位、具体から抽象など、重要語句にもレベルがある。ましてや、主張をわかるよう書かれた評論では、対比の理解は重要である。まとめようとすれば抽象的な言葉をそれぞれの要所で使うことになる。文章全体で、どこに出てくる言葉が重要であるかを考えさせると、言葉と言葉の関係を把握できる。そうして、筆者の考えにたどりつく。説明的な文章の指導では、その過程を教えたい。

今回の「教養とはなにか」という話で、「実学をとおして洞察力を身につける」という部分はまだ、わかりやすい。「書物を携えて町へ出る」は対比的な「書捨てよ、町へ出よう」を考えて、はじめて筆者の強い思いがわかる。「書を捨てよ」は抽象的な仮想でしかない学問の世界を飛び出し、実際の社会が何を求めているのかを知れという強い思いで書かれている。そのまねをした今回の「書物を携えて」には自分の教養をもった上で実学で成り立っている社会で通用するかどうかを試すという提案である。

説明文で力をつけるためには、数学の定石のように、比喩表現の考え方を教えておくると、確実で早い。それぞれの教科で10個も教えれば、だいぶ違ってくる。国語は、語句と語句の関係を探せるかどうかが勝負だ。一番言いたいことは何ですかで、答えは一つだけである。授業は、最後は一つにするがポイントである。

きばっど育英館 ハイブリッド化にむけて その2    

アップル社の研修で話題になったが、学習のスタ-トは「家庭でのソフト学習で」という発想もおもしろい。また、この際に、問題の通過率等の学習歴が明確に残っていると、発展や補充学習の一つとして、授業中にその生徒に合う学習ソ-スを選択でき、個々の生徒の学力向上が図られるに違いない。教師のIPAD活用能力が向上すると、ソフトコ-ディネイターとして、生徒の学びを今以上に支援できる可能性がある。

今までにない支援を可能にするという点では、ハイブリッド化はけっこうおもしろいと思う。後は、『自分のこととして』やる、始めることがポイントとなるだろう。

新聞や雑誌で、語彙を獲得する機会の少ない生徒にも、ウェブニュ-スを通して学習をさせることで、新聞を読むのと同じ効果をあげられる。消えてしまうだけで、場所もとらない。○○シャワ-的な使い方には好都合である。この利点は大いに活用したい。検索の仕方を身につけさせるには、辞書等できちんと学ぶのも大事なので、学年や単元のはじめでは、調べ方を取り立てて学習させることも必要である。

教科を横断的、総合的に学習する際に大切なのは、どうつなぐかである。または、つなぎやすいように教科指導を展開するである。総合的な学習の時間を導入する前段階として、クロスカリキュラム型の総合を経験した人なら、かなりイメ-ジできる。クロスカリキュラムを簡単に説明しよう。「目」というテ-マで、保健体育、理科、国語という各教科が学習を展開する。その際に理科では「目の構造」を取り上げ、保健体育で「目の健康」を取り上げ、国語で「目について書かれた随筆を学ぶ」というカリキュラムだ。各教科の指導計画をすり合わせて、同時期に目について学ぶようにする。目についての理解が深まることは当然だが、同様に、「耳」、「鼻」、「口」の学習をグル-プで追及する時間を設定できるというものだ。

教師の知らないことも多くあり、ともに学ぶという点ではなかなか楽しかったことを覚えている。他教科でどう教えているのか。最後のまとめは、パワ-ポイントで作成させて、ブ-スを作って屋台村形式で発表させた。動画ソフトが発達しているので、今こそ各教科をつないで学習してその成果を発表するとおもしろいと感じている。

クロスカリキュラムを実施するわけではないが、生徒が各教科をつなごうとする関心・意欲をもてるように、教師の語りも工夫したい。自分の教科で学習の輪を閉じてしまわず、他教科への発展の部分を残しておくことが必要だ。学習の輪を閉じないことが横断的、総合的な学習のカギとなる。

生徒の学力の伸びに英語力が大きく貢献した。さらに一歩踏み込んで、これからの時代を生き抜くには、どんな力が必要なのかを改めて考えたい。課題が複雑化、多様化すればするほど、それらをつらぬいたり、つないだりして、解決していこうとする力こそ大切である。柔軟な発想とモデルにとらわれない生き方を志向させたい。お手本がないので不安だし、大変だが、それでも前向きに進もうとする生徒を育てたい。

「少しの勇気と元気があれば、本気になれる」

きばっど育英館      学校力とは 

残暑はきびしいが、風は確実に秋、「風立ちぬ」となぜか松田聖子の歌が浮かんできた。この週末、育英館の校長になれた幸せをかみしめた。体育コ-スセレクション、私学振興大会、体育大会参観を通して育英館の学校力の高さを再度、認識した。

今年のセレクションは例年をやや上回る人数になりそうだ。9月24日はサッカ-、野球それぞれ30名程度の小学生の参加があった。保護者も入れると120名ぐらいの訪問者が育英館に足を運んだ。在校生は、開会行事の進行、体育コ-ス説明、受付補助を分担してやりとげた。態度も発表内容もすばらしいものだった。もちろん、入試日程や内容については担当でしっかりと説明した。校長あいさつでは、体育コ-スの生徒の部活動への取組や修学旅行での機敏な動きにふれ、国体やオリンピックをめざす学校としてふさわしいことを語った。グランドでは小学生をリードして、ランニングや投球練習をする野球部の生徒を見て、「さすがだなあ」と感じた。あこがれて育英館をめざし、後輩の前で模範をみせる、在校生にとってもハレの舞台に違いない。

午後からは私学振興大会に参加した。ここでは、城西高校放送部の藤井さんの進行に驚いた。そこらのアナウンサ-より数段うまい。出水中央高校吹奏楽の主将にインタビュ-する場面は、自然体だが、質問は的確で、安心して聞いていられた。相手から引き出すのが上手で、演奏の中身など、本当によく理解できた。彼女の笑顔と美しい声、以上に、場にあわせて相手の良さを引き出す力に感動した。育英館アナウンサ-にもこんなチャンスを与えたいものだ。きっと素晴らしい進行ができるはずだ。

開会行事で、本校保護者会長の山村智子さんが「保護者の願い」を堂々と提案された。落ち着いた口調で、会場の参加者、来賓の方々にアピ-ルした。フィナ-レはこの日に向けて編成された各校代表の合唱団だった。本校からも4名参加して、舞台左側の前列で精一杯歌ってくれた。「…今日という一日が笑顔でいられるようにお願いした」と歌う「365日の紙飛行機」だった。ここでも育英館の生徒のすばらしさをさりげなく発揮してくれた。笑顔で、口を大きく開けて精一杯歌う姿は、他と比べると違いがよくわかる。振興大会を盛り上げた会長と生徒の皆さん、本当にごくろうさま。

翌日は、市内の体育大会の参観をした。南地区の生徒数の多い2つの中学校である。

生徒のあいさつは悪くはないが、育英館のそれにはほど遠い。簡易テントが所狭しと並び、入口付近は混雑している。ここ数年急速に増えた。いろんな人がいると言えばそれまでだが、簡易テント対応には苦慮するよなあ…。何時に来てもパンフは手渡すとか、来賓席への案内があるとか、来校者に対するおもてなしにも、学校力の高さが表れるのかもしれない。この点では育英館は申し分ない。生徒の態度も育英館の生徒を見慣れたせいか、不十分な気がする。時たま見かける、シャツ出しや冗談の内容や大声の私語など、以前より気になった。よいものに見慣れたからだろうか。

こうやってみると、時間厳守、無言作業、礼儀作法の三本柱は間違いなく、生徒たちに定着している。伝統、高校生のよきモデル、少人数の一体感、これらの違いを作るは何?よさに甘えないで、学校力を高めるものについてじっくりと考え、さらに高めてみたいものだ。

きばっど育英館    ちがいを考え、つくるには

文化祭でミス、ミスタ-育英館というプログラムがあり、生徒たちがそれぞれパフォーマンスを繰り広げて、代表が決まった。我々が考える育英館生のイメージとあっているのだろうか。ある能力が優れているとか、いないとか、この演目を見る限りはすべて許容の範囲のような気がした。簡単に言えば、どの生徒もミスであり、ミスタ-なのだ。その意味では、育英館の生徒というイメ-ジは定着しているのかもしれない。

足が速い人といってもサイボ-グ009の加速装置がついているわけでもないし、中高生であれば、100メ-トルを走ると、速い者は11秒くらい?から、体調不良やケガをしたとか、走れない事情がある者をのぞいても30秒ぐらいの間に入る。しかし、「走る」という基準が当てはまるのは、15秒くらいまでかもしれない。もちろん、だれもがピアノは弾けないが、練習すればある程度弾けるようになるということだ。しかし、ミスやミスタ-が決まるということは、そこに何かしらの違いがあり、印象に残る何かがあることだ。

この演目から発想して、「育英館の平均的な生徒とは、だれ?」と人を求めてみると、育英館の今が見えてきそうだ。育英館の課題が見えそうだ。成績のグラフを思い出すと、他校との比較が分かる。しかし、数字は抽象的で、親近感がわかない。だれ?と生徒を思い浮かべると、課題は浮き彫りになる。簡単に言えば、その生徒のレベルを上げると育英館もアップする。イメ-ジ化しやすいし、具体策も考えやすい。

さて、生徒募集で各学校訪問する際に、私たちは何をもって「違い」を出しているのだろうか。各学校の学校訪問を受けた経験からいうと、各学校の訪問はみんな同じで印象に残らない。千と千尋の神隠しの「かおなし」ではないが、違いがないのではないか。先の話に戻ると、「走る」だけでは決められない。ある女子生徒がゴ-ル直前で手をふりながらテープカットしたシ-ンを鮮明に覚えている。今年の体育祭のヒトコマである。この驚きの感情は、彼女の存在を強く意識させ、もしやミス育英館?とゆさぶられた感じだった。このようなパフォーマンスで各学校に印象付けたい。

季節はすでに秋、育英館のよさを印象づけるラストチャンスである。ここで、指導監からもらったネタを紹介したい。学校訪問の視点は「ほめる」である。具体的には、①材料を探す…校門から玄関、玄関から職員室あるいは校長室までを観察する ②具体的にほめる…「靴箱の靴がきちんと並んでますね」、「校門の花がきれいですね」 ③自分の言葉でほめる…「四季折々の花が咲き乱れとよく言いますが、まさにぴったりですね」、「校訓の明朗活発は元気のよい生徒のあいさつで実証済みですね」

なるほど、①~③の「ほめ技」を具体的な話に入る前に、取り上げることは実に効果的、「ほめる内容」を5個は準備したい。これら「違い」を作り出す方法を、早速、身に着けたい。話が一段落したと考える瞬間に、「すばらしい学校ですね。いつ来ても」と殺し文句も言ってみたい。ほめられて悪い気はしないのは、当然だが、それ以上の効果が期待できそうだ。許容される範囲の違いと一線を画す育英館オリジナルでぜひ、秋の陣を勝ち抜いていただきたい。

きばっど育英館  見届けからペップト-クへ

教育実習の永野先生が毎朝、あいさつに来てくれる。彼には迷惑だろうが、つい昔を思い出していろいろと語っている。「授業を支えるのは、生徒理解、教材研究、授業技術である。」「教育実習はまず観察、生徒をよく観ることからだ。」「指導案どおりにいかない所が大切。」「授業は教師と生徒でつくるドラマ(一座建立)だ。」彼の実習もいよいよ授業に進んでいくようです。

今朝の打ち合わせで、指導監が「見届け」の話をされた。新米教師の頃、よく先輩に言われたものだった。教師「なぜ君は指導を受けているか、わかるね」生徒「はい」教師「じゃ自分の言葉で説明して」という会話がある。この流れでとかく説明できない生徒が指導される。しかし、教師がその生徒に分かるように具体的に教えると、次はよくなる。たまに、しっかりと説明できる者もいる。悪いと分かり、反省している生徒だ。その時は、「君らしくないなあ。これっきりにしてくれよ」と声をかけるのもよい。信じているよという声かけが大切なのである。少し経験するとこう言える。

次は、指示したことを復唱させると生徒の理解度がよくわかる。期限や手順がおかしいものはきちんと教える。自分なりの解釈で言葉を付け加えたり、省略する生徒には教師との基準の違いを明確にしてやる。「復唱はそのとおり言う」が基本である。考えさせるのでなく、行動させることに主眼がある。「形の指導」と教師が意識しないと失敗する。これらの技をぜひ、マスタ-してほしい。教師力向上につながる技だ。

見届けの対極に「始まり」がある。行事等で成功体験をさせることが重要だ。そのために、ぜひ研究してほしいのがペップト-クだ。「できるできるかならずできる」「やれるやれるかならずやれる」「かてるかてるかならずかてる」この言い方が成功へ結びつく。「負けるな」というより「勝てる」という言い方がよい。ペップト-クでは成功イメ-ジをもたせることが大切だ。「やかぜ」の精神もこのペップである。

しかし、これだけでは成功にはつながらない。さきほどの「見届け」と同じだけ具体的な取組が必要だ。それが、コ-チングである。生徒理解に基づき、しっかりとしてコ-チングがなされることが必要だ。コ-チである教師は科学的に分析し、どこを強化するかをいつも考え続けてほしい。それを的確に伝え、改善、改良させた上で、ペップト-クがあれば勝てる。これも「とことん」面倒をみることの一つと考える。

勝てる図式はすべての生活の中にある。思い出すのは、理事長挨拶で話題になった「部活の中で一番厳しい練習に耐えている。その上、礼儀正しく、模範的な生徒で、あいさつはすばらしい。」という日章学園高校のボクシング部の話だ。城西高校生にも同じことが言える。先日の学校参観でも、生徒たちの説明がさわやかでよかった。目的意識がはっきりし、自分の学校に誇りをもっている。学校生活を充実させると、「どこでもいつでも何にでも」試合と同じようなかまえで臨める。育英館の生徒も心が前にある状態になれるようにしたい。今回の見届けが2学期の成果につながりそうだ。

折れたるは折れたるままに、小さきは小さきままに、

咲けコスモスの花