きばっど  渋沢栄一の書  R3.5.28

 今回の大河ドラマの主人公「栄一」はなかなか達筆だった。知行合一の彼は生きる上での知恵を大切にする人でもあった。慢心しないように生き方を戒めた彼の書と同じ借文で書かれたものがある。「功名は窮中に有り 禍患は常に巧処に立つ」というものだ。成功をいましめ、失敗に備える心構えを鹿児島の書家、堀井鶴畔先生が書かれた。この文言は陸游の漢詩「読史」からである。同じ借文で書いた渋沢に漢学の素養の深さを感じる。さて、彼のこの書は、東京の如水会館にあると聞く。借文こそ違うが、彼は同様なものを数多く書いている。彼を学べば学ぶほど、今でいう危機管理ができる人だ。人生はリスクとの闘いである。コロナ禍で先の見えない現代に彼が生きていたら‥と考えて、ブ-ムなっているのはそのためであろう。「論語と算盤」のネ-ミングも見事だ。

 新入生研修会の講話に水泳の宮下選手を登場させたが、タレントの宮下くんが水泳のオリンピアンと結びつくのが生徒にはなかなかだった。時間の関係で取り上げられなかったので、次回は池江選手で「やり抜く力」で再度語ろうと思う。彼女は東京オリンピック予選で4冠に輝き、オリンピックへの切符を手に入れた。彼女の口から出た「努力は裏切らない」は実に重みがある。ごぞんじのとおり、白血病で代表から外れ、闘病生活を送った。病気は克服したが、筋肉は落ち、大会で入賞するレベルにはなかなか戻れなかった。それから1年後、タイムを伸ばし、力をつけて彼女は晴れの舞台へともどってきた。何が彼女を支えて、ここまで押し上げてきたのか。もちろん、彼女の努力である。しかし、人間は弱い、くじけそうになったり、やめようと思ったりしただろう。彼女自身もそう書いている。ずばり、母親の励ましである。

 GRITを読むと、親の態度が大きく影響するとある。子供は親のやるとおりにやる。親の言う通りにはならない。里佳子さんの母親はどんな時も「あなたならできる」と励ました。このぶれない態度こそ、彼女のやり抜く力を支援した。ここでもう一人、赤崎勇先生にも登場してもらおう。赤崎先生の言葉に、「あきらめなかっただけだよ」というのがある。自分のことを信じて最後まであきらめない。それが成功につながるということだ。多くの人たちが研究をやめていく中で、自分の可能性をどこまで信じられたのだろうか。自分もできないのではと考えたり、迷ったりしなかったのだろうか。そこがすごい。  やり抜く力については、まだまだ未知の部分が多いものの、研究の成果が大切である。やり通す経験による強化を考えると、渋沢栄一にも赤崎勇にも幼い時にそんな経験があったに違いない。部活動や少年団、勉強以外のことにエネルギ-をむけることがよくないとされる風潮がある。しかし、やり抜く力を育てているのはむしろこれらの活動である。そこでのやり通す経験が「やりぬく力」を育てることにつながっている。特別活動が今こそ必要な理由だ。

きばっど  学ぶ力  R3.5.21

 学ぶ力を高めるには、体験させることである。だから、「為すことによって学ぶ」という特別活動の必要性は大きい。学年が上がると、朝夕の会から専門部会、中央委員会、生徒総会といずれも、生徒が司会進行する。これは一朝一夕にできるものではない。生徒にやらせてみるところがみそである。初めての司会は先生の作ったプリントにもとづくが、次第にうまくなっていく。他の生徒の協力や応援があるとさらにうまくいく。プリントから離れ、司会者とメンバ-はいっしょに成長していく。生徒会の役職を体験した生徒は、学力に関係なく社会に出てからずいぶんと活躍している。同窓会でその理由を聞くと、きまって生徒会での体験を語る。そして、苦労して意見をまとめた司会者での経験を語る。体験から学ぶ力は、将来の伸びにつながっているようだ。体験の場数を増やすことは学びの力をよい意味で刺激する。特別活動は、イノベ-タ-やファシリテ-タ-を求めるこれからの時代にこそ必要なものである。

 附属中学校では文化祭、体育祭の取組での生徒の自由度が高かった。生徒たちが任された行事を自分たちで作り上げる。学級でテーマを決める話合いから盛り上がり、学級としての取組の目標も高く設定された。当然、生徒の負担は大きかったと思う。それにひるまず、考え、工夫して、成し遂げた後の成長には目をみはるものがあった。将来、身に着けてほしい力をこういう機会に獲得するのかもしれない。アーティストになるきっかけは?というインタビユ-に「中学校時代に舞台に立てたから」というのをテレビなどで聞く。舞台に立つだけでなく、裏方に関われば、監督やデザイナ-になるのだろう。案外、きっかけもここにあるのかもしれない。 こう考えると、現代の生徒たちに必要な力は「自己変革のできる力」である。脱皮をくりかえす力だ。ご存知のとおり完全変態の蝶はいもむしと呼ばれるカタチから脱皮を繰り返し、さなぎとなり、羽をもち、空を飛ぶ存在へと変わる。驚くべき変化である。その過程でさなぎになるのだが、その間に体はどうなっているのだろう。まったく別物になるのでどろどろに溶けているのでは?と疑ってしまう。バッタは同じ形で大きくなり、羽が伸びて飛ぶぐらいだから、蝶ほどは驚かない。ところが、足や触覚がなくなったりしても脱皮の時に修復されると聞く。これはこれで驚きである。昆虫モデルを人にあてはめるのは乱暴だが、今までを否定して新しい自分になろうとする行為はこの脱皮によく似ている。「えびがめでたい」のはこの脱皮を繰り返して成長するからである。ひろみGOの言葉に「昨日の自分に比べると、今が一番若い」がある。昨日までの自分を否定できるから、今が一番若いと言いきれるのだろうか。見た目は変わらないとしても、実存の飛躍という言葉どおり、まさに人間としての存在自体が変化しているにかもしれない。

きばっど 「北の国から」ノスタルジ- R3.5.14

 「北の国から」シリ-ズをひさしぶりに見た。田中邦衛さんの黒板五郎が懐かしかった。蛍や純くんの若々しい姿にも驚いた。このシリーズの中でも一番人気である「北の国から 初恋」のタイトルがついた回の再放送である。研修旅行で北海道に行ったので、五郎の家族を身近に感じたせいだろうか。北海道の景色がとても懐かしい。「聞くと見る」のでは、いや「見ると行く」のでは…と語りたい。同じ農家でも耕作する畑が半端ない広さを実感できるのが、北海道でのファームスティである。見渡すかぎりが畑だ。広大な北の大地には人間と自然の闘いの歴史がある。生きるか死ぬかの戦いだ。ドラマであったように、にんじんや小豆という作物の出来、不出来は経済的な破綻をまねき、一家離散に直結する。北の自然は大きさ故に、荒々しく、人間なんてほんとうに小さな存在だ。みんなで助け合って乗り越えていくしかない。

 この話はえりさん(田中めぐみさん?)と純くん(吉岡くん)の初恋を中心に、北の大地に起こる出来事を描く。中学3年になった純くんは、かわいいえりさんに淡い気持ちをもっている。えりさんは東京に出て勉強するのだという。純もえりさんと東京で勉強をすることを夢見るようになる。父親の五郎にはないしょで、純くんは話を進めてしまう。北海道から東京に出たい純くんの願いを知り、五郎はかなえてやりたいと思うだが、素直にそうできない。自分には一言も相談なく、周りの大人には相談したことがゆるせないのだ。そんな折、えりさんの家で不幸が起きる。純くんの初恋は思いがけない形で終わる。

 本編の間に北海道の風景が挿入はされる。北キツネもかわいい。それにあのさだまさしのハミングがついてくる。北の国からの世界が押し寄せてくる。旭川空港に降り立った時の感想はひんやりとした空気だった。どこまでもひんやりが広がっている。次に、日常では見ない、感じない広さの感覚にとらわれる。富良野や美唄をバスで移動する時も、行けども行けども同じ風景が続いていた。小高い丘があり、美しい田畑があり、どれもが短い北海道の夏の美しい風景である。そこには長い冬を乗り越えた季節の輝きがある。その景色を見ながら、五郎さんの家族に会えないかなと思ってしまうから映画はすごい。 同じ自然なら、奄美を舞台にして「南の国から」もできそうだ。やはり、一面が白くなる冬の存在が大きい。春のワルツ、夏の香り、秋の童話よりも冬ソナが映像的に俄然美しい。すべて冬ではないが、雪の場面が多いことがポイントだ。雪はすべてをおおい、清浄化する。人の力とは異質な自然の存在だ。必要なものを取り上げ、関係ないものはすべてを捨てる。ドラマの最後に純くんは東京に向かって旅立つ。一面を覆う春の雪は旅立ちに似合う。どんな未来が東京で待ち受けているのか。今までの生活を白く塗りつぶすからこそ、新しいものがそこに描けそうな期待がある。北海道に今年も行きたい。

きばっど お花の道は人育ての道 R3.5.10

 教頭になったのは平成になったころ、離島の指導主事を終え、赴任した先は吉田南中だった。鹿児島郡吉田町にある花と緑の学校、教育センタ-の研究提携校である。吉田北中と南中で県花壇コンク-ルの優勝を交互に取り合う頃、校長先生は社会教育に詳しく、また 、園芸については玄人顔負けの方だった。

 「お花を育てる」(環境整備)も管理職には必要な能力である。ところが、花なんか育てたこともない私にはこの仕事は大変な苦労だった。校長先生から、「教頭先生、お花が悲しんでますよ」と何度も言われた。水がかかっていないという話だ。かかっていないと書くぐらいの素人だった。花に水をかけてはいけない。花に水をやるが正解だ。根元に水をしっかりとやる。表面が湿ったように見えても、掘り返すと乾燥していて水やりになっていない。花の種類によっても水やりは違う。学校花壇の花*花はけっこう育てやすいものだが、あんまり水をやりすぎてもいけないものもある。天候や気温、成長を考えながら、水をやることだ。夏場は少し多めにやる。根をはらせる時はややかげんする。そして、鉢植えと路地ではやり方が違う。素人なりにいろいろと学んだ3年間だった。「お花を悲しませてはいけない」の一言が今でも忘れられない。

 「切り戻し」とか「花殻摘み」は少しでも花をもたせる方法として、身につけておきたい。咲き誇った花は通気性が悪くなりがちだ。雨が続いたり、水かけの量が多いと、気温が上がるにつれ、内部がむれてしまう。そこで、枯れた花、咲き終わった花をきれいに取り除き、中心部に空間を作る。人間で言う脇を開けてあげると花の勢いがもどる。そして、きれいな花が咲き続けることになる。自ら進んで万年花係になる方や花壇コンク-ルで連続優勝を手にする先生は、ちょっとした玄人園芸家である。これらの先輩方の技を盗むとよい。  花をよく見て、どの枝を伸ばし、どの枝を切り落とすかは、人の才能をどう伸ばすかという同じである。お花の道の達人の目には、人でも花でも変わりなさそうだ。この校長先生の人の才能を見抜く眼力にもしばしばおそれいった。どの枝を伸ばし、水はどのくらい、肥料をどこで与えるのかを、人に置き換えてイメ-ジできる人だったのだろう。お花の修行がなかなかうまくいかない私はその後も何度か水をやるのを忘れたり、やり過ぎたりした。いつのまにか、学校で栽培される花の名前も水やりの技も少しは覚えた。学校を卒業したら、庭いじりができる程度にお花の道の腕を磨きたいものだ。今年の入学式も花がきれいだった。勝手に咲く花は一つもない。そこには水をやり、草を抜き、肥料をやる方が必ずいると知っておこう。それが若いうちに分かると、お花の道も上達が早い。よき先輩に習えるうちに身につけておこう。「悲しんでますよ」という言葉は人でも花でも同じだ。この時期のきれいな花々を見る度に、人も花もどう育てるのがよいかを気づける人になりたいと考えてしまう。