きばっど 生徒への語りは R3.1.8

このエントリーをはてなブックマークに追加

前に取り上げた「生徒への語り」の続きである。語るときは「かまえ」をつくらせることが大切である。小学校低学年で、「話す人の方を向いて」とか「話す人の目を見て」と指導され、せっかく身についたのに壊していないか。教師主導、知識注入型の授業が増えると、教師が生徒の表情をしっかり見ない。見ているのかもしれないが、 授業は先へ先へと進んでいく。高校になれば、さらに加速していく。そのうち、「点検しよう」がマヒしてしまう。生徒へ関わりが減ると、教師はテレビの人と同じに生徒には見えてしまう。こうなると話を聞くはずがない。嫌いなタレントと同じで、心のスイッチはオフになってしまう。

 小学校の低学年での躾は簡単になくならない。だから、「これから話すからね」のかまえをつくって話すと、生徒もその気持ちになるので語りやすい。家庭教育学級で母親に語るときにもこの手順が有効だ。生涯免疫のようなもので少しのことで、十分にかまえを作らせることができる。話す人の方に顔をむかせて、目の中に自分が入ること。そのためには、正しい姿勢をとらせる。スマホをさわらせない。鉛筆は握らせる。そして、「話を聞く姿勢ができていますね」とか褒めてあげることだ。ここまでさせた。この場面なら必ず大事なことを言うぞと期待させて、かまえづくりの完成だ。次に話はできるだけシンプルがよい。語ることは一つ、「◇は○です。」を語ると決めておくと話がぶれない。時間があれば、2から3のキ-センテンスを準備する。

生徒指導の話には、「語りすぎはよくない」と少し注意が必要だ。教師は記憶力がよいので、つい過去の問題点もいっしょに解決をしようと意気込む。記憶に新しいものを一つだけしっかりと理解させる方が効果的だ。あれこれとしかるとどれでしかられているのかわからなくなる。次に具体性がないといけない。そのためには問題行動に至る状況を口頭でしっかりと説明できないといけない。動機や原因は当然だが、聞き取った問題点について、教師の言葉でしっかりと語り、どこが問題なのかを理解させることだ。これでかまえができるので、ここからいよいよ指導に入れるわけだ。かまえがないといくら語っても届かない。 本人に「どうすればよかったのか」の過去を語らせ、「今後、どうするのか」の未来を考えさせることだ。過去はもとにもどらないが、これからの生き方を変えていくことはできる。学校は社会に出る前の人生の道場である。ころんだり、泣いたり、笑ったりしながら、よりよい人間関係や理想的な生き方を志向する場所で、許される場面も必要な道場である。それは社会に出て取り返しのつかないことをさせない予防でもある。人はまちがう、そして、人は正すこともできる。そのチャンスをもてることを学ぶ必要がある。仏ではないが「三度まで」の気持ちは、教育者として持ち続けたい。

コメントを残す