きばっど 郵便局での発見 R3.2.20

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みなさんは切手のデザインがおもしろいのにお気づきだろうか。印刷技術の格段の進歩は実におもしろい切手を作り出している。絵本、食材、マンガ、観光場所などきりがない。「ム-ミン」はもちろん絵本「金魚逃げた」まで本当に楽しい切手がそろっている。有名なアニメとのコラボは何も郵便局でなく、マクドナルドやロ-ソン、シマムラと企業名も次々に出てくる。一つのものでなく、複数がミックスされたおもしろさがある。これを見ていると、共通テストに出ていた問題にあるミックスやコラボにまで考えがたどり着く。その教科単体の発想で解決できない、解決しにくい出題の存在を感じる。その意味では、今回の共通テスト攻略にはかなり感度のよいアンテナの必要性を感じてしまう。

社会にあった「天橋立」はブラタモリの正月特集で取り上げられていた。「観光地としての天の橋立を訪問するのに便利である」と、「古代の海上輸送を中心とした物流や漁業で必要な港に近い」は、時代による必要性の変化である。過去の中心地は、国分寺の跡もある北側(橋立の根?)である。ところが、京都からの観光客を考えて作られた駅は南側(橋立の先端)である。駅から歩いて橋立まで行く。橋立に立ちたいので途中に橋もかけられる。設問の中にあった「観光を考える」は、現在の観光立国、日本にはタイムリ-な発問である。

国語の問題は妖怪に関する考え方の変遷を縦糸に、人間との距離感、あるいは人間という存在を横糸に書かれた随筆が出題された。ゲゲゲの鬼太郎や妖怪ウオッチなどに出てくる妖怪は、新しいとらえの妖怪である。身近になりすぎて、かわいい。ポケモンもだが、これらは人間化していく者なのかもしれない。その意味では妖怪よりも人間が怖い。いつ人間でなくなるのだろうか。だれにもわからないから怖い。もう、すでになくなくっているのかもしれない。 国語の「孟子」はマンガでもよく見る一節である。「おや、あれっ」と思ったら、情報ソ-スにとらわれず、マイ知識に変換できる柔軟さが大切である。課題意識をもち、生活していると、かなり取得することができる。つまり、役立つ知識獲得のチャンスは、今も昔も日常にある。朝ドラも、大河も、周辺知識があれば、本題に重ねて見れるとその分おもしろさは増す。料理を食べるのも、その制作過程や素材の知識があると味も違うようだ。食リポのうまさは食べた料理の数に比例して当然だ。食を楽しむと集めた知識の総量分はうまさに変換されると推測できる。さて、朝ドラのちょっちゃんはオロナイン軟膏の宣伝看板で見た浪花千栄子さんである。また、大河の「麒麟が来る」には、安土城の雰囲気を出すために240畳といわれた畳の間もセットされた。天皇が月見と称して光秀と語る場面には、月を映す小道具として「角盥(つのだらい)」が準備されていた。これらのトリビアを知ると、本編が何倍にも楽しめるから不思議だ。

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