きばっど  縁を育てる R3.4.22

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 人生のおもしろさは因であり、出会う縁を育てられるかどうかということだ。愛 因 運 縁 恩 果 と50音図のアイウエオカの音を漢字に当てはめるとこの6文字で人生を語れてしまうからおもしろい。教え子の人生や経験を聞かされることも教師のお役目の一つだ。自分の人生の評価を先生に頼むところがかわいい。まず一人目の生徒の話。学級の委員長と剣道部の部長をした明るい女の子も20歳になり、「国語教師になりたい」の夢を語りにやってきた。採用試験にチャレンジするという話を聞いたが、合格の話は聞けなかった。そうしているうちに4~5年過ぎた。東京で「日本語教師の勉強をしている」の手紙をもらった。ある日、電話が来た。語学学校の校長にひどく気に入られて、いよいよ外国に行き、日本語教師になれるという明るい声だった。それから2年たち、今度は手紙が来た。きれいな南の島の写真と「日本人は私が一人」という文面がわかる集合写真が一枚入っていた。「先生、私は天国に一番近い南の島で、みんなから愛されています。日本語を教えたり、剣道を教えたり、幸せです」その次の手紙は結婚の報告だった。島を訪れたフランスの海軍士官と結ばれたと書いてあった。「信じられないけれど、今はフランスで暮らしています」この教え子の人生に、驚きながらも「すばらしい」の評価をしたのは当然の話だ。

 国語教師になりたいから始まった因は、多くの人との出会いを作り出した。彼女が精一杯がんばる姿が日本語学校の校長との縁を育てたようだ。結果として、日本語教師として外国の島で活躍するという因をつくり、彼女はそこで出会う人との縁を大事にした。それがその国の人々から愛される縁となり、みんなの信頼を得る結果を生み出した。また、それが因となり、生涯を共にする人との出会いとなった。この話の間に愛、運、恩もちりばめられていると感じる。私の人生は平凡であると語る人がいる。そんなことはない。よく考えてみれば、これらのキ-ワ-ドが無数に連なっていることに気付く。まるで、2進法の数字の列や遺伝子配列さえも連想してしまう並びである。人生の面白さはここにあり、並びが少し違うだけでずいぶん違う結果が出てきそうだ。しかし、マイナス思考で後ろ向きにとらえる人とプラス思考で前向きにとらえる人の配列は違うのだろう。要素は同じでも違っていくのだ。 他人から愛され、大事にされる人には、縁をつなぐ何かがあるのかもしれない。また、配列を作り出す要素もあるのだろう。類は類を呼ぶもこの配列の並びがなす業であろう。自分の人生だ。因をどうとらえ、どう活かすのかが、縁をどう育てるかのかぎとなる。縁がうすいとか、ないのは、よく考えてみると、努力が足りなかったことに気づくかもしれない。縁は自分で関わり、育てなければ果にはならない。少し遅きになってしまったが、今頃わかった大切な話である。「縁は異なもの、味なもの」と簡単に言えなくなったようだ。

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