きばっど  6月の花嫁は  R3.6.4

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 6月の花嫁は幸せになれる。天気が良くて物事がうまく進む季節を前提に語れる話で、梅雨時期に当たる日本では当てはまらないようだ。まさに、稼働率アップを考えた業界のキャッチフレ-ズだ。それなのに、なぜそんな価値観が形成されたのかが不思議である。まさに思い込みが文化になった。花嫁は幸せになれるが思い込みである。幸せな二人のその後を書くおとぎ話はない。終わりはだいたいこうだ。「そして、いつまでも、二人は幸せに暮らしました。」物語は幸せの絶頂で終われば、その後は問題にされない。しかし、現実ではこの「幸せ」の後が長い。テレビや映画では、時の流れを脚色しすぎて、素直に幸せ?と考えられないのも不安になる。思い込みの文化は次々と生まれている。

 先入観や作り上げた価値観が行動を規制するとしたら、自由度の高い学習の成立をさまたげている。錬成講座をまじめに受けるのは大事なことだ。万葉集の相聞歌を取り上げる時、あまりにもまじめに聞かれても、調子が狂う。大胆な愛情表現には恥ずかしがっても、笑ってもよい。いったん笑い出すと集中できないのだろうか。喜怒哀楽、ユ-モアのセンスこそ、国語の授業では必要条件だ。自由度が高いと、感情の表出もありだ。すべてがほどほどでよさそうだ。

 自分の頭で考えるとき、自由な発想がでてくるのはゆとりある雰囲気の中だ。授業に興味があり、調べたり、話したりすることが楽しいが大切だ。そもそも創造的な力は他から触発されて起こるものであり、本人だけの考えではなかなか広がらないし、つながらない。いろんな能力の伸長にはおしゃべりは必要だ。興味さえあれば、このおしゃべりが教科の本質につながる可能性もある。おしゃべりの内容次第であり、全部が授業を阻害するものと考えないでほしい。

 興味がある言葉ならそこにこだわり、盛り上がってほしい。見た目にはよけいに見えても語り出すとつながりが生まれる。6月の花嫁を幸せにするには、物語のお姫様の課題を全部解決すると引き受けてほしい。いつまでも幸せに暮らすお姫様たちには何が必要なのか、そして、どう提供するかである。答えはないが、候補となる手立てをいくつか提示し、選択はお姫様本人で良い。シンデレラも、こう提案できる人なら結構頼りにするはずだ。これからの信頼関係はそうやってできていくに違いない。苦情やぐちを聞くのでなく、具体的な解決をいっしょに考えていく関係づくりである。こんな人間関係が学習の中でできるとおもしろい。プロデュ-スできれば、「お互いに幸せになる」である。  社会の変化のスピ-ドが早く、多様に変化するので、物事に負ける(適応できない)ことが多くなる。その試練で強くなれる理由は一つ、自分だけでなく人のためにも役に立とうとすることである。その理由を知れば、もう少し自由度の高い学びを求めるだろう。聞く相手を選ぶことから試みるだろう。育英館にはそんな自由度の高い学習を可能にする要素がふんだんにある。楽しみだ。

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