きばっど      給水所と踊り場          R3.12.16

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きばっど      給水所と踊り場          R3.12.16

ある本に「人生の給水所は見えない、長い道のりの挑戦なら、給水所や踊り場で休むことも大事」という話があった。なるほどうまいたとえである。若いころ、こういう考えがあればもう少し違った人生もあったと思う。年々変わる生徒たちに変わらぬ思いで、授業をしながら、30年近く学校で過ごす教師生活。もちろん、社会人、家庭人としても己の為すべきことをきちんとできたはずなのだが‥‥。今更ながら後者はどうだったのかと反省してしまう。

学級担任になれば目の前に生きた生徒がいる。毎日変わるし、毎日いろいろなことを起こす。40人いたらその数だけのトラブルがあると思ってよい。子供は親のいないところで育つものだ。しかし、それを見守るのが先生である。この生徒にはこんな良い体験をさせたい、よい出会いがあるとよいのに…と考えながら、一日8~10時間、親よりもずっと濃い時間を共有する。この思い入れ、見守りに手を抜くわけにいかないから、ついつい24時間勤務になる。

給水所なんか目に入らない若いころ、暴走族だった。2年時の成績を整理して、当時出たばかりの表集計ソフト「マルチプラン」で個人カルテを作成した。家庭訪問にパソコンを持参して、個人名を入力して2年から3年中間テストまでの成績推移を提示する。それをもとに何種類かのグラフを画面上に表示して、見せる。さらに入試を想定して90点基準で換算し、内申の点数も加味して、合格ラインを示す。表集計ソフトの使い勝手も悪く、この資料づくりが大変で、本当に寝る間も惜しんでの作成だった。時間はかかったが、新しい情報提示に親は感心し、生徒もよく理解してくれた。あわせて「この1年間で君はどんな進路の夢を描くのかな」と語り、今までの成長過程を振り返らせた。考えてみると、もう一歩進んで、親にも未来への視点を提供して、将来の夢への応援や支援の話をするべきだった。性能の悪い表集計ソフトでいろいろと作成する時間に別のこともできたのだろうか?思えば、この時期は我が子の担任の名前すら思い出せない。たぶん、親戚にも不義理したようだ。まちがいなく、暴走して給水所を何カ所も通り過ぎたようだ。

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12月の面談では、この表とにらめっこして、昨年のボ-ダ-上を目がくるくるした。1月の模試でよかったら…とか、2月まで頑張らせて…とか、生徒と語りながら、合格大作戦に打ち込む毎日だった。階段の踊り場で休む発想があれば、その場の合格だけでなく、社会での活躍に向けてさらに先を見通そうする発想も出てきたのだろう。公私ともに余裕がなかった。若い私の背中には「後先考えず、暴走ご免」と書いてあったに違いない。せめて、これからは「ときには全力、たまには休憩」としよう。家族も、自分も大事にすると、今がよく見え、力の入れ具合も変わるはずだ。給水所や踊り場の感覚は、働き方改革のポイントだと思

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