この頭の片隅に             H29.10.31

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きばっど育英館     この頭の片隅に             H29.10.31

映画の題名ではないが、この頭の片隅でも若者気質を理解するのに骨が折れるようになった。そこで、その不十分さや粗削りを愛することに努める毎日だ。思い返せば、自分が若いころ、先輩の愛のムチは実に厳しかった。「勤務が変わって、3月働いて使い者にならないのはダメ」とか、「多くの時間をかけ、これだけしかできないのか、給料泥棒だ」と励まされ続けた。この人は本当に教育者だろうかと思うほど、刺激的な言葉が多かった。新しい職場で一人前になるまでに、つり橋が落ちたり、巨大岩石がころがってきたりと、インディ・ジョン-ズばりの危険な場面の連続だった。

さて、近頃の若者にはどんな指導がよいのだろうか。学力向上の研究で、知識を定着させるには、その内容を人に教えるのが一番よいという研究結果がある。これから考えるに、先生が学力か高いのは当たり前で、理由はいつも教えているからとなる。

そこで、生徒を先生にすれば、学力が高まるはずだ。生徒が先生となって、生徒にする授業、大学のゼミをやればよい。理屈は簡単だが、なかなかうまくいかないだろう。

まずは、時間や場所や方法を少しだけ工夫してみてはどうだろう。短い時間でも先生になってもらう。調べたことや考えていることを発表させる。できればプレゼンさせる。準備から本番まで勉強が深まる。先生は準備なしではやれないことにも気づく。

次に、黒板の前や教卓に立たせて発表させる。教師になった気になる。理科なら白衣を着せるのも手だ。「座ったイスで人は成長する」というビジネス界での話は授業にも通用する。教師の場に立つことこそが生徒の学びの高まりにつながる。どんな形でも、人に教えるのは気分が良い。

最後は、少し手がこんでいるが、一人の生徒を教師にしてしまう方法である。明日の授業のネタばらしを選んだ生徒にしておく。その生徒に教師役を指名すれば、まるで自分が知っているかのように授業をする。ネタを十分に与えることと、少々度胸をつけさせておくことがポイントである。各学級になぜか教えるのがうまい子がいる。

ここまで話をすると、複式学級の学習係を思い浮かべる。中国にも「小先生」と生徒が活躍する学習方法がある。複式のリ-ダ-を交代で体験させていると、へたな教育実習生よりもうまくなる。ここまでくると、「生徒とは」、「教師とは」と考えてしまう。育英館もこの「小先生」方式でやってみてはどうだろうか。きっと面白い授業になるはずだ。基礎基本の定着、協働学習を進めるには、どう考えてみても、「学びにかかわる人間性」を育てなければ無理である。

若者の育て方はあらぬ方向にいったようだ。私学研究大会の帰りに呉の大和ミュ-ジアムを見学した。海軍大将山本五十六の「やってみせ、やらせてみて、ほめてやらねば人は動かじ」はどうやって生まれたのだろうかと興味があった。よく考えてみると、人間教育からこの言葉は生まれたようだ。しかし、それだけではない。五つ観点で毎日の生活を振り返る海軍兵学校の「五省」と相まってこそ、リーダ-としての心構えとなる。建学の精神を「○○の人であったか」と毎日反省し、あわせて、人のよさを認め、ほめるという行為ができたかも点検させてみたい。英才を育てる修行になりそうだ。

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