校長室だより

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きばっど育英館    別れの後に出会いを          H29.12.26

森田健作(現千葉県知事)主演の青春ドラマに「さらば涙と言おう」という主題歌があった。知る人ぞ知るナツメロの定番である。さよならを悲しみに言うというフレ-ズが実に印象深い。その一節は「さよならは誰に言う さよならは悲しみに 雨の降る日を待って さらば涙と言おう。」というものだ。天候を指定して「雨の降る日を待って」言うとなっている。なぜ、「雨の降る日」なのかとこだわり、「さよならを言う」のもなぜかといろいろと、「別れ」について考えてみた。

仏教でいう「老病死苦」の世の中では、悪いことには「さよなら」とだれもが言いたいものだ。ところが、この苦のもとは「生まれてきたこと」となっており、逃れることはだれもできない。「苦」に出会うのはしかたない。それなら、次の出会いを求めて、「苦」と積極的に別れることも大切だと考えたい。やっぱり、雨の降る日というか、ここというところで「さらば」ということが肝心だ。作詞家の偉いのは、雨が降っていれば、涙が出ているかどうか自分にもわからないので好都合と考えたことだ。これはこれでさよならと確かに言いやすい。めそめそ泣いて暮らすより、雨の日といっしょに別れて、新しい出会いを求めればそれでよい。きっとそのほうが良い。

こう考えると、人生では捨てるとか、別れるも積極的にすることが大事だ。若い時から、生徒たちにも「捨てる、別れる」経験をさせたいと思う。物と別れられない人によるごみ屋敷が一時期、社会問題となり、「断・捨・離」がブ-ムになった。一つのことに別れを告げて、初めて先に進める。そんな体験をさせておかないと、けじめをつけるタイミングがわからなくなる。家庭では葬式、学校では儀式的な行事が出会いや別れを演出する役割を担っていたのだろうと考えられる。残念なことだが、今ではその意味さえなかなか分かりにくくなっていることも事実だ。

「22才の別れ」という曲は伊勢正三さんがかぐや姫時代に作ったものだ。今でもある年齢から上の人は22才で別れることにあこがれた自分をもっている。(笑い) 大学生活と就職してからは大きく違う。一つの世界に別れて次の世界に出会うのだ。この想いは、同時期の歌「いちご白書をもう一度」にも象徴されている。バブルから新しい時代へ、良い悪いは別として、このころの日本は多くのものを捨ててきた。

今日の自分を否定して、明日の自分を高めていくのが成長の法則だ。迷いなくすべてを捨てろとは言わないが、捨てなければならないときはできるだけ潔く捨てたい。日新公いろは歌の中に、大事な局面での生き方は、「涼しかるべし」という歌もある。物にとらわれない「涼しい」生き方ができるようにかねてから心掛けたい。

フ-テンの寅さんは失恋する度に旅に出る。今の自分とさよならするために場所を変える。これも一つの方法である。今の自分が執着するものを捨て去れば、新しい自分が見えるのだろうか。別れの後に出会いがある。それは新しい自分との出会いでもある。「戦争と平和」、「女の一生」のラストも新しい自分との出会いを予感させる。「別れの後に出会い」をキ-ワ-ドにして、潔くこの一年をしめくくりたい。そして、新しい自分との出会いを楽しみにしたい。皆様、よいお年を

きばっど育英館    ある日の朝の会              H29.12.20

昨日のクラスマッチごくろうさまでした。生徒たちには今年最後の楽しい思い出ができたことだろうと思います。若干の擦り傷等はあったものの、大きなケガもなく終了できました。先生方の指導の賜物です。ありがとうございました。学級日誌を読むと、生徒たちの反省に「コミュニケ-ションの大切さ」が書いてありました。

今日は「共通理解を図るためには、結論から先に話す」の話をします。語りが丁寧なのはよいのですが、経緯や原因を長く説明すると、相手にどう行動してほしいのかの部分がよく分からなくなります。校長室での報告や相談で感じることがたまにあります。現場での共通理解や実践では、「結論をずばり」も大切です。育英館で働く仲間同士なのですから、クラスマッチに出ているつもりで、攻守のポイントをはっきりと相手に伝えましょう。言葉一つで状況はずいぶん変わります。勝てます。

また、生徒たちの大会運営については、適切な指導助言はしてください。ほめて伸ばすのが大切です。例えば、準備運動や整理運動のポイント、進行上の礼のタイミングや声量等は、評価し、改善を意識させましょう。自分たちでの改善を体験させると、回を重ねるたびによくなります。ほめるポイントはしっかり押さえておきましょう。

次に、先週の朝の打ち合わせで話題になった掃除の話です。掃除の仕方で大切なのは、上から下へ掃除をすることです。年末の大掃除や時間の余裕がある時は、この点を意識させ、計画的に掃除をさせたいものです。同じように、整理整頓で大切なのは、「あるべき場所にあるべき姿である」です。環境を美しく保つには、美意識をもたせることが第一です。机の回り、教室の様子など、きちんとした状態をしっかりと記憶させ、その状態に保つことを教えてください。どんな場所でも清掃や整頓は不可欠で、気づいたらすぐに元通りにすることを学ばせたいものです。

美意識を育てるには、美しい状態である本物を見せることです。きちんとした状態をわからせることです。本物を見せることで、美意識が育ちます。「ちゃんとせんか」という注意は、ちゃんとするモデルが頭の中にあってこそ、ちゃんとできます。生徒指導の先生が言うと、「ちゃんとがわかりません」と言う中学生がいます。人は言葉でしか考えることはできません。「ちゃんと」のイメ-ジがない生徒は、いくら考えても考えられないのです。この生徒には、本人を責める前に具体的に話しましょう。

ある集団の中で頻繁に使われる言葉は、共通のイメ-ジを形成し、同じ目標に向けて行動できます。集団の質をあげるには、その言葉をふやす努力が必要です。育英館では多くても500語はないでしょう。育英館で使われる言葉でもっとも明確にイメ-ジをもてるのは、「三本柱」です。この言葉は育英館の美意識であり、大切な言葉です。視覚に訴えた上に、必ず、共通コ-ドとして認識される言葉に変換しておきましょう。生徒たちもこの言葉は意識して使っています。三本柱を守ろうと同じように、共通のコ-ドをもつ言葉を大切に使いましょう。そして、五感に頼るだけでなく、「考える」という点で、言葉について考えてみましょう。その学校の生徒のもつ言語感覚と言われるものが、学校の環境や雰囲気にも大きく影響していると思います。

きばっど育英館    この時期になると「感謝」          H29.12.15

この時期になると、「感謝」について考えることが多い。自分が生きているのも、働けるのもいろいろな人の協力や支えがあるからだ。わかっているのだが、なかなか立ち止まって感謝するという場面がない。そんなばちあたりな自分も感謝に思い当たる月が12月である。人がこう感謝を考えるのも世界共通らしい。みんなといっしょなんだと慰めも含めて、クリスマスの話を例に、感謝の話を書き出そう。

「赤鼻のトナカイ」さんの歌だって、サンタさんがピカピカ光る鼻のおかげで無事故で配達ができるという感謝の思いが主題である。コンプレックスが長所だったという話は、寒い冬を温かくする話で何度聞いても楽しい。冷酷無比な金貸し、クルゾ-爺さんは自分がどれだけ感謝していない人生であるかを知り、生き直そうとする「クリスマスキャロル」の話は毎年、世界中で上映される。この話には、三人の幽霊が登場する。過去、現在、未来の幽霊である。この話に「もう一つの僕」の幽霊を入れてみると、さらに感謝の度合いは深まる。今の自分になれない不満の幽霊だ。人生の選択の場面で悪い方を選んだ場合である。ではなぜ今の自分は別の道を選べたのかを考えると、逢うべき人との出会いに思い当たる。今があるのはその出会いを活かせたからだ。多くの人との出会い、その支えの上に自分があると感謝することは間違いない。「クリスマスキャロル」の話はさらに深まるに違いない。

「賢者の贈り物」の話も実にすてきだ。お互いがクリスマスのプレゼントのために自分の一番大切なものを売りに出して、相手にプレゼントを送る。夫には金時計の鎖を、妻には髪飾りをそれぞれがプレゼントとした。しかし、妻は豊かな髪を売り、夫は金時計を手放していた。せっかくのプレゼントは役に立たないものとなった。しかし、互いを思うその気持ちは十分に相手に通じた。「あれから40年」の話にすれば元も子もないが、愛情は形やものではないと納得できる。この時期にぴったりの心が温まる話だ。この物語は時を経ても少しも色あせない。感情極暖の世界だ。

よく眠れない人は暖めるとよいという話は、体だけでなく心も温めないといけないようだ。「暖かい」と「温かい」の使い分けがあるように、この時期は心もしっかり温めて元気を取り戻したい。眠れない冬の夜はほっとする暖かい話が大切なようだ。

感謝の話が広がりすぎたところで、今年お世話になった人のベスト10なんて考えると、なかなかよいのかもしれない。出会いや別れ、いろいろな場面でのお世話になった人をこたつの中で思い出してみたい。親や先輩の恩はなかなか返せない。しかし、その思いは後輩や子供にリレ-することはできる。恩返しのリレ-はできそうだ。恩のつく漢字は、恩を知り、気づく「知恩」、それに応えたい、報いたいの「報恩」などがある。このリレ-は、さしずめ「贈恩」「伝恩」なんて言葉になるのだろうか。来年はだれかのベスト10に入るような送る側の一人にもなりたいものだ。

一つ提案だが、今年のクリスマスの夜は、心温まる話をぜひ語り合いたい。そして、最後に同席のみんなに向かって、「今年一年、本当にありがとう」と言うのはどうだろうか。飲んだり食ったりで体は暖めて、よい話をして感謝の気持ちで心を温めよう。

きばっど育英館      英語の修行のつもりですが…      H29.12.6

英語の修行という名のもとに映画を見に行く趣味がある。今年も気づいてみれば、海賊に、くも男に、ミイラ、魔法使い、雷神にといろいろ見てしまった。意味は今一つでも英語の発音の心地よさに、そして、あの独特のジョ-クにひきこまれてしまう。

今回の海賊の話の主題を聞かれると、父と息子、そして、父と娘の愛情の話だった。幽霊船フライング・ダッチマン号に閉じ込められた父親ウィル・ターナーを呪いから解放するため奔走する、勇気ある情熱家でハンサムな息子ヘンリ-、天文学者カリ-ナ、聡明で強い意志を持つ、若くて美しい彼女、その二人の間をうまくつなぐ?ジャック、この三人のいずれも主人公のような三つ巴の実におもしろい映画なのである。ところで、長く海賊をやっているジャックは同い年では?と思うのですが‥

前半、ヘンリ-は物語のカギとなる人物、ジャックを探す。その途中で天文学者カリ-ナに会う。どんな困難に遭遇しても不屈の精神を失わない彼女は実に魅力的だ。その彼女の宝は、幼い頃に生き別れた父親が残したガリレオ・ガリレイの日記である。そこには伝説の秘宝<ポセイドンの槍>につながる秘密が潜んでいる。天文学の知識を駆使してその謎を解こうとする彼女が、ジャック・スパロウとヘンリーを<ポセイドンの槍>へと導く者となるものの、自らも危険な冒険に巻き込まれていく。

会いたい人、求める物が入り乱れる。父に会いたい娘、敵に会いたい死神、ジャックが船長となる過去も次第に明らかになる。父を呪いから救い出すため、海の伝説を調べ尽くしたヘンリ-は、呪いを解く力が<ポセイドンの槍>にあることを突き止める。そして、伝説の海賊ジャック・スパロウと<槍>の謎を解く鍵を握る天文学者カリーナと<ポセイドンの槍>を探す航海に乗り出していく。自由を愛し、海を愛し、酒と女を愛する孤高の海賊。人をだます奇抜な方法を使っても、むやみに人は殺さない。人を乗せて上手に動かす、危機にあっても飄々としているが天性の策略家。そんなジャックだが、今や、彼は運に見放され、コンパスも手放し、愛する世界最速のブラックパール号はボトルに閉じ込められたままでいる。

自分のほしい物を指し示すあのコンパスも他人の手に渡る。そんな時、最恐の敵“海の死神”サラザールが解き放たれる。すべての海賊を皆殺しにしようとするサラザールの復讐を阻止できるのは<最後の海賊>だけが見つけ出せるという伝説の<ポセイドンの槍>である。なにせ、海の死神の誕生には、若き日のジャックが関わっているからさあ大変だ。このあたりは実際、映画を見てのお楽しみです。

北斗七星や北極星など、星と航海の関係や神秘をベ-スにしながらの<槍>までの謎解き、今回もまちがいなく、大切な者を示してくれるコンパスなど、細かいところまでお約束どおりで大満足。また、今回が前作、前前作、シリーズ全体のまとめになっているのも安心。ジャックは、どんなにおちぶれても「自分は船長だ、リ-ダ-だ」と語る。この映画の主人公はやっぱり彼以外は考えられない。若い世代にも魅力を感じるが、よい、悪いはおいて、海賊らしい生き方にこだわる「最後の海賊」もやはり彼以外には考えられない。悪い奴。そして、憎めない奴にぜひ会ってください。DVDレンタル開始です。

頼まれごとは試されごと          H29.11.8

きばっど育英館    頼まれごとは試されごと          H29.11.8

中村文昭さんの講演は、生徒たちに大きな感動を与えた。高校生の感想を読ませてもらったが、心のスイッチが入ったり、人間力にあこがれたりと生徒たちの素直な気持ちが伝わってきた。中には、人からものを頼まれたとき、できない理由を並べたり、不満な態度で取り組んだりしているのは、自分ではないかと自問した生徒もいた。

教師になろうと決めた時、母から反対された。理由は「教師は他人のために生きる仕事であり、その見返りを求めてはならない。そして、生徒自身の人生に関わりたいと思うほど、限界を知ることになる」であった。今、考えると、その覚悟や責任があるかという意味だったと思う。大学を出てすぐ教師になれたから比較するものもない。ただ、「先」に「生」まれた人に終わりたくないとは思っていた。

だから、生徒から見られている意識を常にもち、担当した場で困難や課題が出てきたら、見せるチャンスだと思って取り組んだ。転んだり、ケガをしたりもあったが、けっして逃げないでがんばれた。くじけそうなときに陰から「先生」と励まして呼んでくれた多くの人の支えには今も感謝している。

そのときその瞬間を精一杯生きていくのだが、失敗をしないようにと生きる人生はつまらない。いつまでも後悔の雪だるまを大きくしながら生きることになるだろう。今の世の中、リスクだらけ、回避しようなんて到底無理だ。そうであればいっそのこと、リスクとつきあうことだ。逃げないで立ち向かうほうが先生らしい。楽しいはずに決まっている。先生は見られている。そんな生徒の手前、無理する場面も必要だ。

ちょっと違うが、病気とも上手につきあって生きることだ。人間ドックの判定もいつのまにか、Aはなくなり、BBCやCCBとなる。しかし、まだLEDにはならないと明るく(?)開き直る。病気とのつきあいかたも上手になる。若いころは病気を直さないと気がすまなかった人も、だいたいの状態が保てればよいと変わる。心の持ち方がその人の健康観を変える。健康なのにあちらこちらが悪いと考える人よりはずっと幸せだと思う。ただし、程度問題で、手遅れになるまでほっておくではない。

「心のスイッチの話がおもしろかった」と書いた生徒も多かった。心のスイッチとは、どんな時に入るのだろうか。中村さんは師匠と出会った時だった。自覚できて変わることができれば幸せだが、「あれだったのにダメ」では残念な話で終わる。中村さんはよい出会いを活かし、成功した。しかし、特別に心配なクラスの中村青年に「学校に来い」と言ってやりたかった。本人が来るならいつでも来いと待ってやれる。それが先生だ。いつも「おまえたちの担任の先生だ」と声に出してほしい。中村さんも、もうひとつ前の出会いで活かされたはずだ。

人との出会いは確かにその人を成長させている。また、人との別れも人を豊かにする。人生のおもしろさはそれを活かす人もいれば、できない人もあるということだ。どちらがよいか悪いかよりも幸せかどうかだ。建学の精神の「実利を図り」はなかなか説明しにくい。自分と他人との関係を考えると、自分が出会う人との関係をしっかりと発展させること、それこそが「実利を図る」となるような気がしてならない。